◆「五津井☆奮戦記」第一巻お試し版

【五津井奮戦記】



 人生、バカが得をする―――



●プロローグ:嗚呼、栄光ある人類の歴史かな



 アバシア歴21年。

 人類はこの年、長年に望んだ悲願を叶えることになる。

 彼らは長い間、北からの侵略者・通称≪魔族≫たちによって支配を受けていた。

 その年月は魔族の侵攻まで含めると優に8世紀。耐え忍ぶにはあまりにも長い時間である。
 その間、人類は魔族からの搾取の対象でしかなく、まるで奴隷のような生活を恐怖と共に過ごすことを余儀なくされた。

 しかしついにこの時、彼らはある一人の青年とその仲間達によって自由を手に入れた。

 ≪勇者アカサタナ≫――

 伝説の聖剣≪ダイナルダスター≫を持ち、後の救世主となった彼は、魔族を立ちはだかろうが立ちはだかざろうが、千切っては投げ、殺しては殺し、更には殺しまくった。容赦なく。

 そう。

 彼とその仲間たちこそ、時の大魔王≪バラレン≫率いる魔族軍が打ち倒しついには北の大地≪アールグレイ≫に封印せしめた偉大なる勇者たちだったのだ。

 だが、その代償は少なくは無かった。勇者アカサタナは大魔王との激闘で力尽き、大地に抱きしめられた。

 栄誉ある死。

 民衆は彼の死を悲しみ、彼の遺体を大々的に埋葬した。近年の王たちですら霞むほどの大きな葬儀。
 大陸中のの人々が集まり、その葬儀は一ヶ月続いた。このことで人々の彼の死を偲ぶ気持ちがどれほどであったかが伺え知れる。

 勇者は伝説となった。

 彼の功績は末代まで正義の英雄として語り継がれる。

 世界は彼の功績をたたえ、彼の誕生年を栄えある人類の世紀の元年とした。

 その暦の名前は≪アバシア≫――

 グリランド語で「世界」を冠する言葉。

 この偉大なる英雄とその地に生きる人々が、己の信念を貫き、自由を手に入れ、何気に虐殺もした大地。

 それがこの物語の舞台となる大陸の名前である。



●第一章:ごっつい顔面のブ男勇者(自称)・五津井岩面のアンニュイ



「魔王ブチ倒してぇなぁ……」

 アバシア歴219年春。
 大陸南端の村トルイ。

 牧歌的な空気を年中醸し出すこの村は、ごくごく小さなド田舎村。
 小さな川がせせらぎ、風は青々しく茂る草木を優しく撫で、牛や羊は好き勝手に鳴き続ける。
 村人も少なく、ニ、三日顔をあわせれば全員の顔と名前を覚えられるほど。
 草木で囲まれたその村の中心には大きな木が一本生えている。幹の太さだけでも優に十メートル以上あるふっとい木だ。それに比例して高さも数十メートルある。
 村人達はこの場所を中心に広場を作り、事ある毎によく集まっては騒いでいた。

 そんなただでさえマッタリムード溢れる時代の中、よりのほほん穏やかなトルイ村にて、切なげに呟く男が一人。

 五津井岩面(ゴツイガンメン)である。

 日差しも暖かい昼下がり。
 彼は広場にある大樹の根元に腰かけ、まるで死んだ魚のような目つきをしていた。

 その目を収めているのは、岩肌を思わすようなごっつい顔。そしてその鼻には四角い黒ブチ眼鏡がかかっている。何故かその黒髪だけはサラサラでちょっとキモい。
 鍛えられてムッキムキな体には鋼鉄製の蒼き鎧を着込み、背中には小汚いマント。ちょっと臭う。
 見事な程ブサイクキャラのそんな彼は、17歳の男の子。最初に見たらまず年齢は当てられまい。悪い意味で。
「魔王ブチ倒してぇなぁ……」
 彼は再び同じセリフをため息混じりに呟く。意外に息はミントの香り。マントにも手入れをして欲しいところ。
 手に持ったでっかい抜き身の両刃剣(刀身には「ごつい」と書かれている)をふらふらと揺らす。ちなみに名前は≪聖剣(笑)ゴツイカリバー≫だとか。
「おーい、五津井さ! そげなところでさぼってねっど、さっさと木こりの仕事さしてこいやがれぇ」
 堂々と木こりの仕事をサボっていた五津井を、通りかかった麦わら帽子で半そで短パン姿のオッサンがたしなめる。ちなみに彼もサボりだ。趣味はアル中で家族を泣かせること。勿論顔はほんのり赤い。
「うるせぇ、クソ親父! てめぇこそ真っ昼間から酒飲んでふらついてるんじゃねーよっ」
「んんだぁ? オメェ、小さいころ俺がオメェを蹴飛ばしたことまぁだ根に持ってっか? 酒おごってくれれば許してやるべぇよぉ?」
「意味わかんねーよ! いいからさっさとどっか行けよ、アル中! つかそんなナマリしねーよ、ここっ!」
「んーだ、親不孝もっめぇっ! あったま来た! こりゃ飲みなおさねとやってらんべぇよっ!!」
 プンスカ怒りながら自分の来た道を戻る酔いどれオッサン。そのまま彼が村の奥へと消え、突如横から現れたオバサン(彼の妻)にド突かれている光景を五津井はしばらく見ていたが、やがて視界を手前に戻した。
「魔王ブチ倒してぇなぁ……」
 もう幾度と無く呟いたセリフ。まさに憂鬱。まさにアンニュイ。遠くでオッサンとオバサンの激しい口論と打撃音が優しく奏でられる。
「魔王がいなきゃ勇者になんてなれないじゃん……あー、勇者……勇者……勇者なりてぇ、ちょ→なりてぇ……」
 五津井の苦悩は続く。
「あーぁ、いい案ないかなぁ……。ん? 案か……王国いって宮廷議会に『魔王復活案』を提出……いや署名が集まんないとダメか……」
 はふぅとミントの息。そのゴツイ面でこの匂いは微妙にムカつくこと山の如し。
「ストライキ起こすか……スローガンは『魔王復活! 非☆平和な世界♪』とか」

 …………。

「……………………………いいな(ボソ)」
 天から降ってきたといわんばかりに頬を染める五津井。俺、名案出しすぎ!! やべー、これやべー!
 五津井は思わずその場で飛び上がり、奇妙な踊りをし始める。腰のくねりが特に凄い奴だ。
「これってやばくね? マジやばくねっ!? うっほほっ! 俺って最高! 俺って天才! 俺ってハイパー!!!」
 その場で悶絶し、地面をくるくると回る五津井。鎧でかなり痛そうなのだが本人はあまり気にしていないご様子。村の小さな子供もがじぃっと見ているが気にしない。
「……………………はぁ」
 唐突に冷静に戻り、ガクリとその場で跪く五津井。
「世の中平和すぎる……脅威が、無さ過ぎきる……」
 大の字に転がり、どこまでも青く澄み渡る空を眺めて目を細める。

 魔族との戦いから早200年。
 既にその記憶は遠い霞んだものとなりつつある。

 魔王封印後、アバシア大陸南部はこれといった大きな争いごともなく平和な時代が続いていた。
 現在この地は、大陸を横断する巨大な崖≪グランドウォール≫を境界に、南北一つずつ国家が統治している。
 北のゴーネリア帝国。
 南のエイマル王国。
 北部が150年に渡る戦争経て統一を果たした後、エイマル王国はゴーネリア帝国に対し「偉大なる壁同盟」という平和協定を結んだ。
 このことで南部地域は昔から平和な地域であったが、この同盟でさらに戦乱とは無縁の時代が到来する。人々を脅かすものはもうここにはな……。

「ないんだよっ!! 脅威がぁぁぁぁっ、ねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………っ!!!!!」

 ガツンッ! ガツンッ!!
 ドゴッ!! ドゴッ!!!

 突如五津井が立ち上がり、剣を縦横無尽に振り回す。くわっと見開いた目は軽く血走っている。
「うひょひょひょひょうっ!! おいぃぃっ、どっかにいるんだろ、勇者っ!! ブッコロシテやるよぉぉぉぉぉっ!!」
 そのまま己が思う道を進みはじめる。ちなみに薬はやっていない。残念ながら。さらに付け足すなら、勇者と魔王を言い間違えているだけなのであしからず。
「俺マジやべぇんだよっ! こんなにカッコイイのにまだ彼女できねぇんだよっ!! ていうかモテモテのモッテモテになりたいんだよっ!! なんとかしろよ、ゆぅぅぅぅぅしゃぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」
 カタカタと怪しい動きで本音を叫びながら、村の奥へと消えていく自称勇者・五津井。この後、村人たちにそれはもう面白おかしく木に吊るされるのだが、それはまた別のストーリー。

 世界は平和そのものであった――

「勇者っ! ゆぅぅぅしゃっ! 魔王っ! まおぉぉぉぉっ! オオイエッ!! ぎゃははははは!!!」
 自称(笑)勇者の声は、存在しない敵を求めて木霊する。一生村の木こりで童貞なんてやってられるかっ! 俺はいつか絶対にモッテモテのウッハウハな男になるんだよっ! お金ザックザクの名誉モッリモリのハイパーな男になるんだよっ!
「俺は……やるぜ……っ」
 そう、五津井は脈絡もなく天に拳を突き出して心に誓ったのだ。

「だから復活してくれよ……魔王っ!!」

 熱き血潮流れる咆哮は、

 天高く、

 雲を貫く。

 …………。

 翌日。

 魔王は復活した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アバシア歴220年春。

 大魔王バラレンが200年の時を経て復活。
 魔王及び、その臣下たちは極寒の大陸アールグレイの地にて、人間達により封印され続けていた。

 全ての国家内から専門のスタッフを収集しチームを作り、代々封印の術を施し続ける……。

 このことだけはどんなに各国間で争いごとが起きようと、『鉄壁の不可侵条約』として守られ続けていたのだ。
 しかし、一年前大魔王は復活した。
 万一のため、術師以外にも各国の軍隊が配備されていたのだが、奮闘虚しく全滅。
 ちょうどその時期、この地へ視察に来ていたエイマル王国・ゴーネリア帝国両国の使者とその護衛だけが、多くの犠牲の元、難を逃れることができた。
 ほうほうの体で各国に戻った彼らは、王にこの由々しき事態を報告。ただちに厳戒令が発せられた。

 その後、一ヶ月も持たないうちに魔王軍から宣戦を布告。まず始めにと、海を越え、ゴーネリア帝国北の要塞ウルグレイに侵略をかけた。
 電光石火な魔王軍の侵攻に「不落の要塞」と謳われたウルグレイはあっさりと陥落。現在ではアバシア大陸においての魔王軍拠点となってしまっている。
 なんとか体勢を整えたゴーネリア帝国は、ウルグレイ陥落後すぐに奪還作戦に出るが、あっさりと魔王軍は迎撃。
 そして、一年経った現在もその膠着状態は続いている……。
 人々の心には、言い知れぬ不安が取り巻いていた。

 それは≪グランドウォール≫を越えた先にあるエイマル王国とて例外ではなかった。

 大魔王復活の報が大陸中の隅々にまわり終わる頃。
 エイマル王国の首都アーグトリ市では、対魔族軍における有志たちを各地より募っていた。

 勿論、同盟国であるゴーネリアからの要請があったのも有志募集の一因だが、それ以上に万一ゴーネリアが魔族に占領された時、次のターゲットとなるのは間違いなくエイマル王国だ。
 魔族にはその強力な戦闘能力以外でも、モンスターを部下として生成し指揮する技術もある。
 現在はまだ魔王軍側にも戦力が整っていないのか、最初の電撃侵攻以降目だった動きはないが、それも時間の問題だ。
 やがて多くのモンスターを引き連れた魔王軍が、アバシア大陸を蹂躙することであろう。
 既に、先遣隊として一部の兵団をウルグレイへ派遣している。しかし、状況は芳しくない。
 平和治世がデフォルト装備なエイマル王国では、基本的に募兵制を採用している。
 そのため、このような緊急事態において国防をしながら派遣し続けられるほど数は整っていないのだ。

 そしてエイマルはついに国中に兵士募集を始めることになった。

 ………………………
 ………………
 ………
 …

 有志募集のお触れは、南端のド田舎村トルイにも伝わった。

 存在すらすっかり忘れられていたなんの特徴もないド田舎村のため、魔王が復活したこともつい最近知ったという存在感ゼロっぷり。

「以上! 我こそはと思う者たちはアーグトリに集うのだ! 勿論、功績を残せたものには相応の報酬を渡すと陛下は約束されておる!」
 かっちり鎧を着込んだ一人の兵士が、そんなトルイの広場で有志募集の口上を述べる。その腕には、「有志求ム!」と大きく書かれた看板が地面に刺さった状態で握られていた。
 彼の名前はマンダム。マンダム=クレイジャン。
 王国近衛騎士に憧れて15歳の夏、軍隊に入隊したが、結局大した功績も残せず20年を過ごした男だ。
 可愛そうなことに、見てくれにも恵まれず、彼女いない歴=実年齢のクライフォーミー。勿論チェリー。
 しかしその性格は真面目一辺倒で実直。どんなつまらない任務でもしっかりとこなしてきた。
 そんな彼は、こんな誰もが存在を忘れていたどうしようもなくありえないほどのド田舎村ごときへのたかがお触れ伝達役だったとしても、仕事に対する誇りを忘れない。
 彼は声高々に語る。
「もし大魔王バラレンを倒したのなら、英雄として民衆に称えられ、未来永劫その名誉は永遠のもの……」
「うるせぇだ、貴様!!」

 バキィッ!!

「がっ!!!」
 そんな真面目な彼の脳天に、村人の酒瓶が襲う。マンダム、思いっきり地面へと突っ伏す。
 頭の兜はしゃべりづらく取り外していたため、思いっきり脳震盪を起こす。
「あ、が……っ」
 いきなりのことで動揺を隠せないマンダム。自分の身に何がおきているのか、全く事情が読みとれない。その顔つきには同情を禁じえなかった。頑張れマンダム、誇りある仕事のために。
「オラたちは平和に暮らしたいんだべよっ!! 貴様なんかに壊されてたまるかっ!!」

 ゴッ!! ドガッ!!!

「がっ!! ごっ!! き、貴様ら……っ。ぐほっ!? ちょ、か、顔は、や、やめ……っ」
 だが、マンダムの頑張り虚しく、村人の攻撃はやまない。その村人の顔はほのかに赤い。
 魔族ならともかく、まさか自国の村人に襲われるとは思わなかったマンダム。最初の不意打ちでふらふらする頭をなんとか守りながらその場から逃げようとする。そりゃもう惨めに。
 涙目で、入口付近に止めていた馬がいる方へと、地面を這いずりながらもなんとか脱出を試みる。おかしい、これってなんかおかしい。
「いい加減なこといったってからにっ! 魔王? そんなけったいなモンもうとっくに封印されてるってばよっ!」
「そうザマス! そんなのうちのメグちゃんでも知っているザマス!! クソ食らえザマス! きすまいあす、ザマス!!」
「オラぁたちをド田舎もんだと思ってからかいにきたかっ! この盗人野郎!! 首つってウ●コしろ!!」
「そうじゃそうじゃ! 食らえっ! 腐ったトマトじゃ!」

 ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!

 気がついたら酒瓶で奇襲をかけた村人以外にも何人か参加している。
 そして呼応するかのように一人、また一人と村人達が参加していく。
 小さかった流れが、徐々に寄り添い、やがて一つの大河となる。

 それは一つの魔物だった。大衆という名の魔物。和訳で私刑(リンチ)。

 ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
  ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
   ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ! チーン。

 「うっ!! ひぎぃっ!! マ、ママ……」
 村人の執拗なまでの攻撃は止まることがない。兵士マンダムはこの状況の違和感の理由に頭が回る前に意識を失った。

「うぉぉぉぉぉぉ、ワシらの勝利じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ひたすらトマトを投げつけていた老人が叫ぶ。
「ふははは、俺らもやれば国家権力に負けんことが証明されたぞ!!!」
「ええ、これで平和な日常に戻れるわ!!」
 老人に続き次々に村人達が狂喜乱舞する。その目は完全に血走っていて、もはや人間のそれではなかった。
 恐るべし閉鎖社会。恐るべし群集心理。

「や、やめろぉぉぉぉ……っ!!! その人を苛めるなぁっ!!!!」

 ズザザァ……ッ!!! ……ぐちゃ。

 ピタ。

 突如脇から入ってきた叫び声に、血の宴を繰り広げていた村人達の動きが止まる。
「やりすぎだっ! こんなSMプレイ!! ムチとロウまでにしておけよっ!!!」
 颯爽と、兵士マンダムの体を踏んづけ現れたのは、蒼き輝く鎧を纏ったボロマントの青年。御年18歳。
 その手には刀身に「ごつい」と書かれた大剣が握られている。
 五津井岩面、その人だ。
「俺はやめろといっている……。この人はそこまでドMではない……」
 兵士マンダムをむにむに踏み台にしつつ、五津井は村人たちと対峙する。ちなみに村人の攻撃自体はとっくに終わっているのだが、これは言わない約束だ。
「なんだぁ、五津井? おんめ、さっきまで一緒になぐてたろぉよ〜?」
 奇跡の酒瓶アタックをかましたオッサンがとろんとした目で五津井を見すえる。周囲の村人たちも不可解な表情だ。
「ああ、確かに最初はプレイの一環だと思って、石を握った手で殴った……だが、ここまではやりすぎだ」
 ちょっと濃いめな眉をキュッと締め、真剣なまなざしで語る五津井。大剣を油断無く村人たちに向け続ける。
「やりすぎじゃないわい。コイツはワシらに『魔王がでた。戦えゴミ虫』っていったのじゃぞ?」
「そうザマス! うちのメグちゃんに対して『能無し野郎のチ●カスがぁ! 魔王倒せよっ』って言ったんザマスよ!?」
 あーだこーだと騒ぐ村人達。彼らの中では既に兵士は悪の貴公子メガトン☆マンダムになっているらしい。

「落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!!!」

 ピタ。

 再度の五津井の叫びに村人はまた黙る。
 村人達は悟った。五津井の態度に。違う、今日の奴は何か違う……。
 流石に空気が読めてきたのか、村人達は若干たじろいだ様子で五津井を見つめる。
 そんな彼らの視線を受け、五津井は「スゥゥ……」と下に深く息を吐き、ゆっくり頭をあげる。
 そして少し間を起き、厳かな口調で語り始める。

「この兵士が言ったことは正直どうでもいいんだ。ごめん」

「…………」

 ざわざわ……。

 その言葉から村人達の間に少しだけ動揺が走るが、それもすぐに止む。彼の話はこれからが本題だと悟ったからだ。
 次の言葉を待たんとばかりに村人の視線は彼に再び向く。いつの間にか五津井は構えを解いて、剣を背中の鞘に収めていた。
「みんなが自分に酔いしれていたところ水を指して悪かった。それは謝る」
 淡々と語る五津井。誰も彼に突っ込みはいれない。それがこの空間に生じた暗黙の掟。
「だが、みんな考えてくれ……。この兵士はなんて言った? 確かにこの野郎は貴方達に数々の暴言を吐いていた。それは事実だ。だが、それ以外に何か言っていただろう?」
「ま、魔王のことか……?」
 おずおずと村人の一人が答える。その瞬間、村人達はまたざわつき始める。
「ま、魔王って……オメ、正気で聞いていたんか?」
「む、昔話ザマス……。そんなの迷信でザマ……」
「そ、それにアールグレイでは、代々術師さんがたが厳重に封印し続けているって……」

「どうでもいいんだよっ、そんなことはっ!!!」

 ビクゥッ!!!

 再び大きくなりそうなざわめきに五津井がいきなりキレる。村人達は思わず身を震えさせた。
「ふぅ……取り乱してすまない……」
「い、いや……」
 おっそろしい形相を一瞬だけに留め、再び冷静な顔つきに戻る五津井。血管が切れたらしく額から一筋だけ血が垂れている。
「まぁ聞いてくれ皆。俺はこのエセキモ兵士の言うことが全て嘘だとは思えない」
 足元にいる兵士マンダムをふみふみする五津井。ときどき「うっ、うっ」と聞こえるがそんなの誰も気にやぁしない。今はそれどころの話ではないのだ。
「貴方がたが魔王復活の話を無理矢理にでも信じようとしない気持ちはわからないでもない。なぜなら我々人類は幼きころより事あるごとに『悪いことしたら魔族が貴様の醜い頭をカチ割って食っちゃうぞ〜☆』と教えられてきたのだからね。それは魔王封印から200年以上たった今でもその恐怖は変わることがないだろう。否、なまじ実体験としてないが故の恐怖がある」
 そう、現代の人間たちは魔族と遭遇したものなど誰一人としていない。しかし、彼らの間では200年前までの壮絶な戦いが「伝承」としてまことしやかに伝わっている。
 魔族は人々を搾取し、意味のない虐殺も朝飯前。人類を奴隷かそれ以下の存在でしか見ていなかったと。
 200年経ち、彼らに対する直接的な恐怖は薄れてきていたが、その伝承から生じる想像上の恐怖が新たに人々の脳裏に芽生えていた。
 体験したことのない恐怖。
 これは人々を震え上がらせるには十分なものであろう。
「知らない存在に対する恐怖はわかる。どんどん頭の中で勝手に恐怖は膨らんでしまうからね」
 淡々と、しかしはっきり響く大声で語る五津井。その姿はまるで表向きばかりはそれっぽいことをいう悪徳政治家のようだ。
「た、確かにワシらは魔族を知らない……。実際見たことないからのう……」
「そ、そうザマスね……。でも、魔族が怖いのがメグちゃん的に魔王復活の真偽に関係があるザマスか……?」
「! まさか、その兵士が魔族!!?」
 一人の言葉に、青ざめた表情で後ずさる村人達。だが五津井は冷静な口調のまま答える。
「いや、それはない」
「ですよねー」
 ほっ、と安堵の言葉で返す村人達。足元では既にピクリともしなくなっている兵士マンダム。
「じゃあ他に魔王復活に何か証拠が……?」
「そうだ」
 五津井は頷く。その目には何か核心めいた光が宿っている。
「…………」
 村人達は押し黙る。各人たちの額には脂汗すら流れていた。

 ………………。

「俺が望んだからだ! 『蘇れ、魔王』とっ!!!」

 ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
  ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
   ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ! チーン。
 ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
  ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
   ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ! チーン。
 ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
  ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
   ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ! チーン。

 トルイの村は相変らず平和だった。
 ちなみに勇敢なる兵士マンダムは目を覚ましたとき、ここでの記憶を失っていたといふ……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 北の大地アールグレイ。
 北極点にきわめて近いこの大陸は、常に吹雪が荒々しく吹いている。
 大地は厚い氷に覆われ、周囲には生命の気配を感じない。

 その中心にそびえる漆黒の城――≪魔王城本店≫

 200年前に勇者一行に施された異次元への封印は今は最早無く、魔王城は当時の姿のままこの大地に現出した。
 その大きさは小さな一つの街程度なら優に上回り、全体に施されたバロック調の壁面は天へと高く延びていた。
 城の周囲を覆うように作られた巨大な壁には、悪魔と思わせる彫刻が立ち並び、正面にある門には巨大なモンスターの顔らしきものが口を開いている。
 そこにあるだけの絶対的な威圧感。
 近づく敵はその光景だけで萎縮し戦意を失うであろう。

 ―――な、ハズなのだが。

 200年前の姿なままなので、実際は当時の勇者たちに破壊され、ただの瓦礫のようになっていた。恐らく修復するには膨大な時間を要することになるだろう。大して威圧感もない。
 無論、城の周囲にあった壁なんかボロボロで、防御壁としての機能なんてどこにもありはしない。とりあえず寒そう。
 昔は数多くの魔族とモンスターが蔓延っていたであろう城内も、ほとんどの壁に穴があいていて寒いので今はほとんど席を空けている。
 現在、集結している魔族たちの大半が、アバシア大陸北部の拠点ウルグレイ、通称≪魔王城ウルグレイ支部店≫に滞在中だ。

 だからといって、全員が全員≪魔王城ウルグレイ支部店≫にいるわけではない。

 辛うじて原型と呼べるような状態になっていた玉座の間や作戦会議室。
 これらといくつかの無事だった部屋は、まだまだ暖房施設も機能しており、問題なく利用できる状態だ。一部の重役クラスの魔族たちはこの部屋で待機していたりする。

 そんな感じの玉座の間。

 重厚かつ細かい装飾がなされた入り口の扉から、玉座までの距離はかなり長い。さらに玉座にたどり着くまでに何段もの階段があり、玉座に近づくにつれ高くなっていく。ちゃんと赤絨毯も敷かれている。
 部屋自体も大きく、横幅など簡単に数百名収容できるほど広く、天井はどこまで高い。
 過去の戦いで多少一部は崩壊してしまっていたが、この間中に描かれた壁画や彫刻は今でも悠然と厳かに存在していた。
 当然、玉座自体も魔族たちの芸術の粋が収斂しており、美しい宝石たちがアクセントとして散りばめられている。

 お金に換算したら「一体どんだけの人間が一生暮らしていけるんだ?」というほどのゴージャス玉座に一人の男が立っていた。
 座るために作られとしか思えない芸術の塊の上に、男は立っていたのだ。
「…………」
 男は無言で天を仰ぐ。右手にはパイプを持っていた。もくもくしていた。
「…………フフッ」
 静かに笑う男。
 よくみると初老がかった皺のある精悍な顔。それでいてどこか少年のような輝く目。しかし、その瞳は狡猾で鋭い光を帯びている。
 赤みがかった黒髪はふさふさ。清潔感のあるよく手入れされた髪だ。
「フフ……我が復活……真に素晴しい。お、いい輪っか」
 ポワッっとパイプを吸い紫煙を口から出す男。彼の目前にはキレイな煙の輪が浮いていた。
 身長は高め。その体は、玉座の肘掛に右足だけ乗せ、腰に左手を当てポーズを取っている。
 黒基調のローブで覆われていて体格は見えないが、どうやら推測するに平均的な体躯のようだ。
 勿論、体を覆うローブは安物ではなく、その生地は純シルク製。その上、散りばめられた金色の刺繍に小さい宝玉たち、高貴さを崩さない程度に掛けられた金属のアクセサリー……とっても高そうだ。
「過去。あの忌々しい勇者の小僧に封印されて以来……我の怨念は3.5倍(当社比)まで膨れ上がった……ぷふ〜」
 再び煙を吐きながら語る男。その顔はどこか悦に入っているようにも思える。
 ここまでならただの変なオジサンだが、ある二点のみ、変なオジサンから奇怪なオジサンへと昇華させるものがあった。

 頭の左右に生える二本の角。そして長い耳。

 闘牛のような前方に向けて生える雄雄しい角と、伝承で聞かされるエルフのようなツンと跳ね上がった長い耳が、このオジサンがただの変な金持ちオジサンではないことを示している。

 魔族。

 魔族といっても種類はまちまちだ。彼のような人間と似た姿のもの、むしろモンスターに近いもの。ただ共通して耳だけはツンツンしている。
 そして彼は数多くいる魔族の中でも、頂点に立つ者……。

 トントン。

 いつの間にか輪っか作りに興味が赴き、ひたすら正円を作ろうと必死になっていた只者ではない変な金持ちオジサン。そんな矢先、玉座の間の扉が静かにノックされる。
「ちっ……………………入れ」
 彼は、ゲームをやっている最中に親が部屋の掃除にやってきた子供のような不快な声を出しつつ、訪問者の入室を許可する。
 その際、彼はもう煙を出さなくなったパイプの中身をトントンと玉座に落とす。
「失礼しま……って、なにやってんですかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 バキィ!!

「ぐほぁっ!!?」
 重厚な扉を開き入ってきた人物は、パイプから玉座の上に灰を捨てようとしていた男に向かって勢いよく飛び蹴りをかます。
 その飛距離は十数メートルを越えていた。
 ベージュのスーツに覆われたその人物のスカートからは、スラッとした美しい太ももが生えていた。そして脚線美の先には深紅のハイヒール。
 そのハイヒールの尖がった踵が、初老かかった男の頬をえぐっていた。
「ぎぃやぁぁ……っ!!」
 この世のものとは思えないような奇声を上げ、玉座から吹き飛ぶ男。

 グシャ。

 見事に頭から大理石の床に落ちる。
 ……が、すぐに復活。
「な……なんだ……どうしたっ!? ま、まさか、て、敵襲かっ!!!?」
 慌ててキョロキョロと周囲を見渡す男。腫れ始めた頬の上を、頭から流れる血がダクダクと滴り落ちる。だがパイプだけは離していなかった。
「何をやっているんですかっ! あれほど玉座は奇麗に使ってくださいって申しましたでしょうっ!!? この玉座は偉大なる先代様たちが何十年もかけ、世界中の有名な芸術家たちに作らせた、やんごとなき一品なんですよっ!? 土足で立ち上がるだけでも大事ですのに、その上に灰を捨てるなんて何事ですかっ!!」
 ゲシゲシッ。
「い、痛っ!! カ、カリシェ、ヒールはマジ痛いっ!!!」
 怒り散らしながら、カリシェと呼ばれた女性は何度も何度も、それは執拗に男をヒールのつま先で蹴り続ける。男はひぃひぃ言いながら手で防ぐ一方だ。
「あなた様とっ、いう方はっ、いつもっ、何度言ってもっ、わからないっ!! いい加減っ、少しはっ、学びっ、なさいっ!!!」
「ぐげっ! だ、だから痛いっ!! って、顔はやめ……っ!!」
 既に血だらけで腫れに腫れているため、顔がどうこうなど関係ない気がするが、男は必死に顔を守ろうと両腕で覆う。
 陰湿と言えるぐらいに蹴り続けるカリシェの長いプラチナブロンドは、乱れに乱れ、本当なら絶世の美女であったであろう顔は悪鬼としか思えないぐらい歪んでいる。スタイリッシュで均整の取れた美しい肢体も、今は見る影もなくワイルドだ。
「全くアナタという人はっ! それでも偉大なる魔族たちの長たる人物ですかっ! そんなんだから200年前もあの忌々しい人間どもに遅れを取ったんですよっ!!」
 ゲシゲシゲシ。
「…………」
「考え方を改めないと、ご自分の立場に自覚を持たないとっ! 今回もまた人間どもに倒されてしまうじゃないですかっ!!?」
 ゲシゲシゲシゲシ。
「…………」
「どうなんですかっ!? どうなんですかっ!!? どーーーーなんですかぁっ!!??」
 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
「…………」
「お言いなさいなっ! 我らが偉大なる大魔王・バラレン様っ!!!」

 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
  ゲシゲシゲシゲシゲシ。
 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
  ゲシゲシゲシゲシゲシ。
 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
  ゲシゲシゲシゲシゲシ。
 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
  ゲシゲシゲシゲシゲシ。
 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
  ゲシゲシゲシゲシゲシ。
 ゲシゲシゲシゲシゲシ。
  ゲシゲシゲシゲシゲシ。

 チーン。

「…………」

 そう、このカリシェにひたすら蹴り続けられ白目をむいて気絶している男こそ――

 全ての魔族の頂点に立つ魔族たちの王――

「黙ってないで、何かおっしゃりなさいっ!! さぁ早く! 可及的速やかにっ!!」

「……………………」

 ――≪大魔王バラレン≫である。

 ………………………
 ………………
 ………
 …

「……して何用だ? カリシェ=ラーリクトよ」

 魔王城本店・玉座の間。

 とぉぉぉってもエクスペンシブな玉座の上にちょこんと座り、大魔王バラレンはボッコボコに腫れた顔を目の前の部下に向ける。
 そして、それはもう威厳ある声で告げる。そんな姿とは完全に一致しない程アンバランスな声なのだが……。
 口には相変らずパイプをつぐんでいる。

「はい、バラレン様。一つお伝えしたいことがあり、ご報告に上がりました」
「うむ」
 恭しく玉座の前で頭を垂れるカリシェ。その姿だけ見れば、頭のキレる有能な美人秘書のようだ。
 頭と共に垂れ落ちる細くしなやかな銀髪から、尖がった耳が生えている。
「一年前、バラレン様が悲願の復活を遂げ、敵の虚を突きアバシア大陸北の要塞都市ウルグレイを占拠したことは、既にご存知かと思います」
「いいや」

 …………。

「そういえば、徐々に魔族たちが減ってきているなぁとは思っていたが。そうか新しい拠点を手に入れたのか。なるほどなるほど」
「…………」
「ふむ、これで我ら魔族も再度繁栄の日をみることができるやもしれんな……お、いい輪っか」
 ニカッといい笑顔を向ける大魔王バラレン。ぐちゃぐちゃな顔のせいで、ちょっと気持ち悪い。
「…………バラレン様」
「ん?」
 本人的にはさわやかな笑顔のまま、首をちょっとかしげるバラレン。頭を垂れたままのカリシェが微弱に震えていることなど全く気付いていない。
「わたくし、お伝えしませんでしたっけ……? 去年ウルグレイを落とし拠点として手に入れたことを……」
「そうだったか?」
「そうなんですっ!」

 バンッ!!

「ひっ!」
 思いっきりカリシェはハイヒールの底を床に叩き付け、その音にびっくりするバラレン。同時に振り上げた顔の額には血管が無数の浮き出ている。
「そういえば、あの時のバラレン様……一人でカードゲームをやっていましたよね……?」
 カリシェは思い出していた。去年の大体今頃のことだ。

 勇者アカサタナにより魔族が異世界に封印されてから、早200年。
 しかし、魔族が全員封印されたわけではなかった。一部の魔族は何とか勇者一味から逃れていたのだ。
 そんな中で、魔族の中の変わり者たちは、バラレン復活の際にいくつか人類のオモチャなどを彼に献上したのだ。
 もともと珍しいものに対して好奇心旺盛なバラレンは当然、それらに食いついた。
 それこそ毎朝毎晩、ずっとひっきりなしに遊び続けていた。

 ウルグレイ陥落の報告もちょうどそんなときだった。
 あの時はまだバラレンも復活して間もなかったので大目にみていたが、どうやらそれがいけなかったみたいだ。
 それに気付き半年ぐらい前に全て廃棄処分したにはしたのだが、まだその名残があったとは……。
「も、もう最近はゲームなんてしていないじゃないか! あ、あのときのことはもう水を流すってお前……」
「…………」
 怯えるバラレンをギロリと睨めつけたままカリシェは思う。この方は駄目だと。

 カリシェ=ラーリクトは封印から逃れた魔族の一人だ。当時生まれて間もなかった彼女は、何人かの護衛たちと共に難を逃れた。
 魔族の寿命はかなり長い。200年生き続けたといっても、人類の年齢に換算すればまだ30歳に入るか入らないかくらいの年齢だ。
 しかし、人類にとっての200年は長かった。
 新たな侵略者たる人類の歴史はその間だけでも大きく動いていく。
 その人類の歴史を、影から細々とカリシェは見てきた。
 相変らずの愚かっぷり。結局平和とか大層なことを謳っても争いは消えやしない。
 代々、軍師の家系だったカリシェは、魔族が敗北するギリギリまで親に人類の愚かさ浅はかさを教えられてきた。
 カリシェにとってそれは絶対の見解であり、200年見てきてたどり着いた答えでもある。
 人類は愚かだ。
 彼らにこの大陸を任せるわけにはいかない。

「…………」
 黙って目の前の大魔王を見据える。ギュッと体を小さくし、汗ダクダクでこちらを見ている。その姿はまるで蛇に睨まれたカエルのよう。
「(情けない……)」
 眉間にシワを寄せ、心の中でため息をつく。
 これが我等魔族の頂点を統べる者の姿とは……。
 彼女は先代の魔王を知らないが、話を聞く限りではそれはもう素晴しい人物だったようだ。
 笑いながら人を殺し、ゴミを捨てるように街を滅ぼす。
 まさに彼女の憧れる魔王。
 恐怖の代行者。
 魔族の永遠なる繁栄の象徴。
 その息子はここまでダメダメなんて……。
 そう、カリシェは頭がキレた美人秘書なのだ。

「さっきから黙っているが……そ、そろそろ報告を聞きたいかなぁ〜って思うんだが……」
 カリシェの沈黙に耐え切れなくなったのか、バラレンが引きつった顔で声を出す。
「…………」
「の、のう、カリシェ……?」
「…………」
 今は惜しんでも仕方がない……。どう転んでも今の魔王はこの方なのだから……。
 ふぅっとため息をつき、考えを改めるカリシェ。私がなんとかしないと。
「まぁいいですわ。とりあえずウルグレイは私達の拠点なんです。覚えてください」
「はい」
 素直に頷くバラレン。いつの間にか両手は両膝にしっかり置いている。
「ウルグレイ陥落後、人間側から多くの兵士がウルグレイを奪還しようとしてやってきました」
 豊満な胸の谷間から小さい手帳を取り出し、淡々と語りだすカリシェ。一瞬バラレンの顔が喜びに満ちたが慌てて取り繕う。
「ふむ……そういえば以前より拠点、拠点といっていたがそこのことだったんだな」
「…………ええ」
 一瞬、目眩を覚えたがなんとか立ち直るカリシェ。ああ、魔族の栄光ってくるのかしら……。
「そこで以前よりバラレン様がお探しになっていた『勇者』……」

 ピク。

 「勇者」という単語を聞いてバラレンの表情が変わった。さっきまでの怯えた子供のような表情ではなく、どこかイラついた静かな激情をなんとか抑えているような表情。
 カリシェはそんな彼には気付かず、めんどくさげに続ける。
「結論から言いますと、『勇者』はおりません。ウルグレイを奪還に来た兵どもの中にもそれらしき人物は見つかりませんでした。勿論、『神剣の波動』もございません」

「な、なんだとぉうっ!!?」

 一瞬だけ見せた魔王らしい顔つきをあっさりと消し、バラレンは唾を吐きながら立ち上がる。
 ちなみにその唾は正面にいるカリシェに思いっきりかかっていたが、彼女はぴくぴくしつつも黙ってハンカチで拭う。
「念のため断っておきますが、我らを封印の憂き目にさらしたアカサタナはとっくに死んでいます」
「なんてことだっ! 我を封印し、我を倒し、我に敵対し、ついには我を倒すために旅に出た勇者アカサタナが、もういないだとう!! たった200年そこらでっ!!」
 順序逆だろという突っ込みはともかく、あまりにもショックだったのか興奮してその場で騒ぎ散らすバラレン。
 興奮した勢いで思わず玉座に這い上がろうとしたが、それはカリシェの回し蹴りにより成されることはなかった。
「いえ、バラレン様。人間の寿命は100年もありません。たったというのは……」
「ぐ、ぐむぅ……し、信じられん……まさかあの勇者が……」
 ぐったりと玉座に這い上がり、座り込むバラレン。そうとうの落ち込みようだ。
「といっても別にアカサタナは寿命で死んだわけではございません。バラレン様たちを封印した直後に力尽きた模様です」
「……なんだと?」
 既に涙目になりつつあったバラレンが、少しだけ真剣な目でカリシェを見る。
「はい。人間どもの言い伝えでは、バラレン様との激闘の末、力尽きたと……」
 少しだけ不思議な顔つきでカリシェは答える。
 自分はすぐに避難していたので、バラレンが倒されたところはみていない。いや、恐らくどの魔族も見ていないのだ。
「…………ふむん。そうか……」
 何か思い耽った顔で虚空を見つめるバラレン。そのようやく腫れが引いてきた表情からは感情が伺え知れない。
「バラレン様?」
 今までで初めてみたバラレンのシリアスモードに、ちょっと動揺するカリシェ。あら、意外に真面目なところもあるのね。
「…………」
「バラレン様?」
 あまりにもしんみりした空気に、息苦しさを覚えつつカリシェは再度問いかける。
「…………」
 バラレンは相変らず沈黙を保つ。
「…………ちょっと失礼」
 おずおずとカリシェはバラレンの顔に近づく。決して惚れたわけではない。
「スー……スー……」
「寝てるんじゃねーーーーーーーーっ!!!」

 バキッ!!!

「ぐおっ!!? ど、どうした!!? ま、まさか、て、敵襲かっ!!!?」
 どっかで聞いたようなセリフを吐きながら、バラレンはキョロキョロと蹴られた頭をさすりながら周囲を見渡す。
「目を開いたまま寝るってどんだけ器用なんですか、あなた様はっ!!」
「お、おう? す、すまん……つい気持ちよくなってしまって……」
 あわてて取り繕うバラレン。その瞳は恐怖で染まっていた。
「もういいですわっ! とりあえずバラレン様。『勇者』はもう存在しません。アカサタナの奴ではありません。我らが脅威となる≪神剣ダイナルダスター≫を扱える人物が最早この世にはいないということです」
「そ、そうだなっ、うん、その通りだっ! だ、だからその手を離し……」
 バラレンの首を万力のような力で絞めつつ、カクカクと揺さぶるカリシェ。その目はやっぱり異常だった。
「では、私はそのことをお伝えするために参りましたので、失礼致しますっ!」
 バッと手を離し、咽るバラレンを尻目にツカツカと扉から出て行くカリシェ。
「お、おうっ、ごほっ。げ、元気でな……」

 バタァン……ッ!

 大魔王は部下に対してそんなことしか言うことができなかった……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ところ変わってトルイ村。

 役目を追えアーグトリ市に帰還した兵士マンダムの深層心理に深い傷が付けられた以外、至って村は平和であった。
 ちなみに兵士マンダムは村人に手厚く看護され、むしろ好印象しか残っていない。表上は。

 広場の大樹にて、一匹の蓑虫がいた。

 五津井岩面だ。

 全身をグルッグルに巻かれた彼は、ブラーンブラーンと大樹の枝にぶら下げられていた。
 その顔は、腫れに腫れただでさえ醜い顔が何がなんだかわからない物体へと化している。
「…………」
「…………」
 そんな彼の足元に四つの目。
 一組の男の子と女の子が彼を見つめている。
「ねぇーベルちゃん。あれーなぁに?」
 鼻水を惜しげもなく垂らしながら男の子が隣の女の子に聞く。
「ばっかね、メグは。あれは『ゴミ虫』ってゆ〜のよっ」
 その隣でベルと呼ばれたちょっときつめな性格の少女が答える。
「ごみむしー? そーいえばおかーさんがいってたー」
「まったく、きおく力がないんだから。いい、『ゴミ虫』にはなにやってもいいのよっ!」
 ポイッ。
 そう言い放ち、ベルは近くにあった小石を「ゴミ虫」に投げつける。
「ぐげっ」
「あはは、ほぉら、面白いでしょ?」
「うん。そうかぁー、なにしてもいいのかぁー」
 ポイッ。
「ブゲッ」
 ベルにつられてメグ少年も手近にあった石を投げる。ちょっと大きかった。
「あははははっ! さっいこうよっメグ! ほらほらもっと投げましょうっ!」
「うん! ぼくいっぱいなげるよベルちゃん!」

 ポイポイポイ。
 ぐげぐげぐげ。
 ぶんぶんぶん。
 ぶげぶげぶげ。

「あはははははっ! ゴミ虫ー!」
「うふふふふふっ! ゴミ虫ぃー!」
 徐々にエスカレートしていく二人。
 いつの間に石以外にも、近くにあった箒やら酒瓶やらを投げつけている。
「ね、ねぇ……メグぅ。こ、この斧、投げちゃってもだいじょうぶよねぇ……っ」
 どこか表情が紅潮しているベルが、メグに向けて小さい斧を見せ付ける。とりあえず彼女の性癖だけはよくわかった。
「え、さ、さすがにそれはしんじゃうよー……」
 ベルのイケナイ顔にたじろぎつつも、メグは止めようとする。
「い、いいのよぉ……だってアレ、『ゴミ虫』だからぁ……はぁはぁ」
「べ、ベルちゃん、こわいぃぃ」
 涙目になりつつあるメグを余所に、ベルは「ゴミ虫」に向けて斧を構える。殺る気だ。
「どんなこえでなくのかしらぁ〜。はぁはぁ、せいの……っ」

「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉ………………っ!!!!!!」

「!!?」
 越えてはならないデッドラインを簡単に越えようとしていたベルが斧を投げようとした瞬間、「ゴミ虫」が大声を上げた。

 ブチブチブチ……ッ!!!

 豪快な音を立てながら、「ゴミ虫」を戒めていた縄が千切れていく。恐るべき力だ。

「あ、あわわ……」
「お、おちついてメグ! だ、だいじょーぶだからっ!」
 ただでさえ涙目だったメグが、ボロボロ心の汗を流しながらベルの後ろへ隠れる。ベルはそんな彼を震えながらも落ち着かせようとする。

 ドスンッ!

『ひぃ!』
 メグとベルの声が重なる。
 戒めを打ち解いた黒い影が、ゆらりと彼らの目の前に着地する。
「貴様らぁぁぁぁ……。さっきから言わせておけばぁぁぁぁ……」
 ジャキンッと背中に差してあった大剣を抜き、二人に向ける「ゴミ虫」――もとい五津井岩面。
「あ、ああ……」
 あまりにも強力な圧迫感に対して、ベルは泣きじゃくるメグを健気に守ろうと庇う。
「おんしゃぁら……餓鬼だろうが容赦しねぇぇぇぇぇぇ……このゴツイカリバーの錆にしてくれるぅぅぅ……」
「う、あ、ああ……」
「うわああああああああああん……っ!!」
「あ、メ、メグ……っ!!!?」
 ついに泣き出し走り出すメグ少年。一人ポツンと残るベル少女。
「くっ、くく……。守ろうとした相手に逃げられちまったなぁ〜? どうだ、裏切られた気分はぁぁぁぁ?」
「あ、う、うう……」
 じりじりと近寄ってくる悪鬼・五津井に、気丈に振舞っていたベルだったが、その表情は徐々に崩れ始めている。
「ぐっふっふ……さぁて、どうしてやっかなぁぁぁぁ……? 散々ゴォォミ虫呼ばわりしてくれたよなぁぁぁ?」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!!!」
 五津井の伸ばした腕に、金切り声を上げついには泣きながら走ってメグと同じ方向へと消えていくベル少女。
「…………」
 五津井は無言でその後姿を見詰める。
 やがて。

「終わった、のか……」

 何か大きな事件を解決した探偵のように小さく呟いた。
「ここの餓鬼はなんか間違っているよな……」
 自分自身のことを棚に上げながらも、一応正論を吐く。
 ガチャリ。
 ゴツイカリバーを背中にしまい、五津井は自分の住んでいる小屋がある村はずれの森へ振り……
「え?」
 ……向くと村人達がずらりと並んでいた。
「い、いつの間に……? さ、さっきまで誰もいなかったのに……」
 一応これでも勇者志望のため、毎日戦いのための訓練はこなしていた五津井。
 こんな間近まで気付かれず、背後で多くの村人が並んでいた事実に彼は驚愕するしかなかった。
「……………」
 村人たちは終始無言で五津井を見つめる。
 前回のときとは違い、明らかにその目には敵対的なものが含まれていた。
「あ、お、お前たちは……」
 威圧感溢れる村人達の前には、母親と思われるオバサンたちにしがみつきこちらを見ている子供が二人。
 さっきまで五津井に石その他を投げつけていたメグ少年とベル少女だ。
 二人の顔は、涙で赤く腫れあがっていた。五津井と目が合うと怯えるように母親と思われるオバサンたちの足に顔をうずめる。
 そんな子供達の様子に気付いたオバサンたちは、毅然とした顔つきで五津井を睨みつける。
「あんた、ウチのきゃぁわいいベルに何やってくれるのよっ!!!」
 二人のうちの一人。恰幅の大変よろしいオバサンが叫ぶ。紫でやけにキラキラする服を着ている。ベルのお母さんだ。どうやらきつそうな性格は母親譲りみたいだ。
「そうザマスッ、そうザマスゥゥゥッ!! ウチの賢いメグちゃんを苛めたなんて許せないザマッ!!」
 そしてもう一人のオバサン。頭を茶髪に染めパーマで決めていた三角眼鏡のオバサンが「ザマスザマス」とめちゃ叫ぶ。こちらはメグのお母様らしい。
「お、お前達は……PTAのお母様たちっ!!?」
 二人の正体に五津井は唖然とする。
 まさかこのクソ餓鬼どもが、PTAのやつらの子供だったなんて……。どおりでどこかでみたことが……っ。
 どおりもクソも、この村の人間たちは全員顔見知りなワケなのだが……まあいいけど。

 PTA(パーフェクト・トラブル・アタッカー)……それは村にとって最強の存在。
 理屈などという矮小な存在など認めず、感情のみの力技で全てを押し切ってしまうという人間界での魔王たちのことだ。

「あんたウチの子供に剣を向けたそうじゃないっ!?」
 ベルのお母様がずいっと前へでる。五津井はそれにつられ思わず一歩下がる。
「い、いや……お宅さんたちの息子さんや娘さんがですね……その俺、もといワタクシめに小石などをお投げになられたモノでしてね……」
「ンマァッ!! たったそれだけのことでウチのメグちゃんを襲ったザマスかっ!!? し、信じられないザマス!! 信じられないザマスゥゥゥゥ……ッ!!」
 正確には斧とかも投げようとしていたのだが、五津井には突っ込める余裕がなかった。ちなみに五津井の顔はまだまだ腫れまくっている。
「ホンンット、最近の若者の行動には目に余るものがありますわっ!!」
「そうザマス! そうザマス! 怖いでザマッ!!」
 どんどんおばさんたちのヒステリー声は加速していく。鬼気迫るその姿に五津井は完全に気圧されてしまっていた。
「信じられませんわっ! 信じられませんわぁぁぁぁ!!!」
「こんな畜生にも劣る『クソ虫』なんて人間じゃないザマス!! ごみザマス!! おけらザマス!!!」
「『クソ虫』! そうよ、『クソ虫』なのよっ!! 『ゴミ虫』なんて生易しいっ!! こんなどうしようもない奴なんて『クソ虫』で十分ですわっ!! ああ、汚らわしいっ!」
「こ、このオバンども……っ」
 あまりにも人権を無視したような物言いのザ・PTAたちに、五津井も漸くフツフツと怒りがこみ上げてくる。
 ちらりと子供達が視界に入る。
「べぇ〜」
「ふふん、『クソ虫』なんていい気味ぃ〜♪」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 五津井はキレた。それはもう壮大に。
 無意識なのか意識してなのかわからないごちゃごちゃな思考の中、五津井は背中から聖剣ゴツイカリバーを抜く。子供? 村人? そんなの関係ねぇっ!!
「ハイパー五津井流奥義ぃぃぃぃぃぃぃぃ……っ!!!!」
 余談だが「ハイパー五津井流」とは勇者を目指す五津井が生み出した全てが我流の大剣用剣術である。
 「ごつい」と大きく書かれた刀身は、彼の精神の高ぶりに呼応するかのように光を増し、強く輝く。
 目の前の悪鬼に、その力がまさに今解放されるっ!

「そこまでじゃ! 五津井!!!」

「!!!?」

 一人の声が大気を響かせる。
 その声に完全に自我を失っていた五津井が我に返る。
「そ、村長……」
 声の主を辿るとそこには一人の白髪の老人が立っていた。VS兵士マンダム戦でトマトを投げていた爺さんだ。
 彼はゆっくりとPTAのオバサンたちの前へ立つと、ゆっくり五津井の顔を見つめる。そのしわくちゃな顔に埋もれた瞳からは、長い年月で様々なことを経験してきた者特有の理知的な光が差している。
「五津井よ……。お前は十数年前、お前の母親とここに流れ着いてからずっとこの村人として暮らしてきたな……」
「は、はい」
 普段とは見違えるような威厳高々な村長の態度に、思わず直立不動になる五津井。
「お前がまだ物心つく前にお前の母親は死んでしまったが、それにもめげずお前は立派に頑張ってきたのう?」
「は、はい。が、頑張ってきました」
 主に勇者になるために、とは流石にいえない五津井。
「お前は確かに変わり者だが、この十数年お前と共に生きてきたワシたちじゃ。お前がどういう奴か心得ておる」
 ふっ、と優しく笑う村長。
「そ、村長……」
 五津井は、なんとなくその場の勢いでぐっと涙ぐむ。
「じゃからの」
 コホンと、村長は咳払い一つ。五津井も周囲の村人達も「ごくり」と唾を飲む。

「お前は追放じゃ☆」

 満面の笑顔でおっしゃるトマト村長。もう「ニカッ」ってきこえて仕方がない。
「え……?」
「つい先ほど行われた緊急村会議の結果。五津井岩面、お前は『少年少女暴行罪』及び『猥褻罪』、更には『強盗』『誘拐』『殺人』『強姦』『業務上過失致死』『公務執行妨害』の罪で村から追放となった」
「え? はい?」
 明らかに得体の知れない罪の羅列で流れに頭がついていけない五津井に、村長はとっても無視して続ける。
「本来ならここまでの罪、死刑確定なのだが、お前とワシらの仲だ……ワシもなんとか弁護したのじゃが、これで精一杯じゃった……すまんのう」

 どさっ!

 村長がそう言い終わると共に、五津井の目の前に荷物が投げ飛ばされる。よくみると彼の住んでいる小屋にあった私物だ。いつの間にかまとめていたらしい。
「あ、あの……村長??」
 おずおずと村長に歩み寄る五津井。その顔は中途半端にはにかんでいた。

「あ、ちなみに『永・久・追・放』だから。もうここにはくるなよ?」

 ピシャリと言い放ち、村長はそのまま自宅のあるほうへと消えていった。
「…………」
 あまりの事態に固まる五津井に、村人達が次々に罵詈雑言を浴びせかかる。
「オホホホホホ……ッ! 私のメグちゃんに剣を向けるからいけないザマス! ザマス! ザマスゥウゥゥゥウゥ……ッ!!」
「こんのウッザイ『クソ虫』! あんたなんて『クソ虫』以下の『虫ケラ』よっ!! さっさと村を出て行って這いつくばってお死になさいなっ!!!!」
「でていけっ! 五津井!! お前なんてもうくんなっ!!」
「んだんだっ! 酒よこしたってぇ、かくまったりなんかしねぇがんなぁっ!!」
「でていけーでていけー」
「ハァハァ……追放……『虫ケラ』……いい気味ぃ……」

 村中から聞こえる追い出せコール。
 数々の暴言の中、五津井は思った。
 恐るべし閉鎖社会。恐るべし群集心理。
 もはや自分の居場所がなくなったことを悟る。

「く、くそぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!!!!! お、覚えてやがれぇ!! 貴様らいつかけっちょんけっちょんにしてやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」

 そんな三流悪役の捨て台詞を叫び、五津井は足元に落ちていた荷物を取り、そのまま走って村の入口から出て行った。

 こうして五津井は、勇者を目指し、トルイの村を旅立ったのだっ!

 めでたしめでたし。



※以降は「五津井☆奮戦記」一巻にてお楽しみください。