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【第一章「ごっつい顔面のブ男勇者(自称)・五津井岩面のアンニュイ」】
●第1話:「魔王シニタモウコトナカレ」
「魔王ブチ倒してぇなぁ……」
アバシア歴495年春。
アバシア大陸エイマル王国領南端の岬を拠とする村――トルイ。
牧歌的な空気を年中醸し出すこの村は、ごくごく小さなド田舎村。
小さな川がせせらぎ、風は青々しく茂る草木を優しく撫で、牛や羊は好き勝手に鳴き続ける。
岬の周囲には青く広々とした海が広がり、遠くにはカモメたちの鳴き声が交叉する。
それはまさに平和。
穏やかでゆる〜い時が流れているという証明である。
ちなみにこの岬、一部の間では自殺名所ベスト10に入るほど有名スポットだったりするが、それはまた別のお話。
住んでいる村人も少なく、ニ、三日顔をあわせれば全員の顔と名前を覚えられるほど。
大陸の中でも特に外れに位置する場所柄、外部からの人間もめったにやってくることはない。
そんなどこまでも欠伸がとまらない空気のトルイ村にて、切なげに呟く男が一人。
五津井岩面(ごつい・がんめん)である。
日差しも暖かい昼下がり。
草木で囲まれた村の中心には大きな木が一本生えている。
幹の太さだけでも優に十メートル以上ある太くて大きい広葉樹。高さも優に数十メートルある。
村人達はこの場所を中心に広場を作り、事ある毎によく集まっては騒いでいた。
彼は広場にある大樹の根元に腰かけ、まるで死んだ魚のような目つきをしていた。
「魔王ブチ倒してぇなぁ……」
その目を収めているのは、岩肌を思わすようなごっつい顔。四角い黒縁眼鏡。
肌は浅黒く、筋肉質のその体は巌のよう。何故かその黒髪だけはきめ細かくサラサラで、ちょっとキモい。
鋼鉄製の蒼き鎧(ブルーメイル)で覆い、背中には小汚いマントが所在なさげにしょげている。ちょっと臭い。
見事な程ブサイクキャラのそんな彼。まさかの13歳。
「魔王ブチ倒してぇなぁ……」
ため息混じりの同じセリフ。意外とその息はミントの香り。マントの手入れもして欲しいとこ。
手に持ったでっかい抜き身の両刃剣(刀身には“ごつい”と書かれている)をふらふらと揺らし、見るからに己が暇をアピール中。ちなみに名前は《聖剣(笑)ゴツイカリバー》。
「おーい、五津井さ! そげなところでさぼってねっど、さっさと木こりの仕事さしてこいやがれぇ」
そんな彼の職業は別に、傭兵でも兵士でも戦士でもメイドさんでもなく。
堂々と木こりの仕事をサボっていた五津井を、偶然通りかかった麦わら帽子・半そで・短パン姿のオッサンがたしなめる。
「うるせぇっクソ親父! てめぇこそ真っ昼間から酒飲んでふらついてるんじゃねーよボラゲリャアッ」
ちなみにこのオッサンもサボりである。
趣味はアル中で家族を泣かせること。勿論顔はほんのり赤い。鍬から酒瓶に持ち替えてから久しいミドルガイ。
「ンんだぁ? オメェ、小さいころ俺がオメェを蹴飛ばしたことまぁだ根に持ってっか? 酒おごってくれれば許してやるべぇよぉ?」
「意味わかんねーよ! いいからさっさとどっか行けよクソアル中! つかそんなナマリしねーんだよ、ここの村で」
「んーだ、親不孝もっめぇっ! あったま来た! こりゃ飲みなおさねとやってらんべぇよっ!!」
プンスカ怒りながら自分の来た道を戻る酔いどれミドルガイ。
そのまま彼が村の奥へと消えようとして、彼の妻にドロップキックをくらっている光景を五津井はしばらく見ていたが、やがて視界を手前に戻した。
「魔王ブチ倒してぇなぁ……」
もう幾度と無く呟いたセリフ。まさに憂鬱。まさにアンニュイ。遠くでオッサンとオバサンの激しい口論と打撃音が優しく奏でられる。
「魔王がいなきゃ勇者になんてなれないじゃん……あー、勇者……勇者……勇者なりてぇ、ちょ→なりてぇ、みたいなー……」
五津井の苦悩は続く。
「あーぁ、いい案ないかなぁ……。ん? 案か……王国いって宮廷議会に《魔王復活案》を提出……いや署名が集まんないとダメか……」
はふぅとミントの息。そのゴツイ面でこの匂いは微妙にムカつくこと火の如し。
「ストライキ起こすか……スローガンは『魔王復活! 非☆平和な世界♪』とか」
…………。
「…………へへっ」
天から降ってきたといわんばかりに頬を染める五津井。俺、名案出しすぎ!! やべー、これやべー!
「…………へ、へへっ……へへへっ!」
五津井は思わずその場で飛び上がり、奇妙な踊りをお披露目する。腰のくねりが特に凄い奴だ。
「これってやばくね? マジやばくねっ?! うっほほっ! 俺って最高! 俺って天才! 俺ってハイパー!!!」
その場で悶絶し、地面をくるくると回る五津井。
鎧でかなり痛そうなのだが本人はあまり気にしない。
村の小さな子供がじぃっと見ているのも気にしない。
「……………………はぁ」
しばらくそんな珍妙怪奇なダンスを続けるが、唐突にぴたりと静止。ガクリとその場で跪く。
「世の中平和すぎる……脅威が、無さ過ぎる……」
大の字に転がり、どこまでも青く澄み渡る空を眺めて目を細める。
魔族との戦いから早500年。
既にその記憶は遠い霞んだものとなりつつある。
魔王封印後、アバシア大陸は大陸を横断する巨大な崖《グランドウォール》を境界に、北と南で無数の国家が乱立した。
北部は長い群雄割拠の時代を迎え、南部もまた争いの歴史を辿る。
国家の興亡。
栄枯盛衰。
戦争と平和の繰り返し。
やがて南部はエイマル王国を盟主として、相互扶助を目的とした《三国英雄同盟》を結び、その絆はより確かなものとなった。
北部もまた400年近くに渡る戦乱を経てゴーネリア神聖帝国が統一を果たし、南部の中心であるエイマル王国と《偉大なる壁同盟》という平和協定を結んだ。
北のゴーネリア神聖帝国。
南のエイマル・タケシム・ムズクァの三国。
《三国英雄同盟》、《偉大なる壁同盟》と度重なる同盟により、ついに大陸は戦乱とは無縁の時代が到来する。
魔族なき現在、これで人々を脅かすものはもう何もな――
「ないんだよっ!! 脅威がぁぁぁぁっ、ねぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………っ!!!!!」
ガツンッ! ガツンッ!!
ドゴッ!! ドゴッ!!! イテッ、つー……。
突如五津井が立ち上がり、剣を縦横無尽に振り回す。くわっと見開いた眼は余裕で血走っている。
「うひょひょひょひょうっ!! おいィィィぃぃっ、どっかにいるんだろ、勇者っ!! ブッコロシテやるよぉぉぉぉぉっ!! ヒャハハ!!」
そのまま己が思う道を進みはじめる。ちなみに薬はやっていない。残念ながら。
さらに付け足すなら、勇者と魔王を言い間違えているだけなのであしからず。
「俺マジパネェんだよっ! こんなにカッコイイのにまだ彼女できねぇんだよっ!! ディスってんデスか?! ディスってんのデスかぁぁあぁぁッ?!
ていうかモテモテのモッテモテになりたいんだよっ!! ガチでなんとかしろよ、ゆぅぅぅぅぅしゃぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」
焦点の合わない目を忙しく動かし、カタカタと怪しい所作で本音を叫びながら、村の奥へと消えていく自称勇者・五津井。
この後、村人たちにそれはもう面白可笑しく木に吊るされるわけだが、それはまたいずれの機会に。
世界は平和そのものであった――
「勇者っ! ゆぅぅぅしゃっ! 魔王っ! まおぉぉぉぉっ! オオイエッ!! ぎゃははははは!!!」
自称(笑)勇者の声は、存在しない敵を求めて大海原を駆け巡る。
一生村の木こりの愛され童貞(チェリー)なんてやってられるかよっ!
俺はいつか絶対にモッテモテのウッハウハな男になるんだよっ!
お金ザックザクの名誉モッリモリのハイパーな男になるんだよっ!
「俺は……やるぜ……っ」
そう、
五津井は脈絡もなく天に剣と拳を突き出し、心に誓うのだ。
「だから復活してくれよ……魔王ォォッ!!」
猛き血潮流るる紅蓮の咆哮は、
宙高く雲を越え、
天を衝く。
翌日。
魔王は復活した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時は五度巡り、アバシア歴500年春。
偉大なる勇者アカサタナの生誕500周年。
その偉業を祝し、彼の生まれ故郷であるエイマル王国において生誕祭が執り行われようとしていた。
「以上! 我こそはと思う者たちはアーグトリに集うのだ! 勿論、功績を残せたものには相応の報酬を渡すと陛下は約束されておる!」
南端のほとんど隔離されたド田舎村トルイ。
自殺の名所以外の知名度はない。
かっちり鎧を着込んだ一人の兵士が、そんなトルイの広場で国家勅命のお触れを述べる。
その腕には、「有志求ム!」と大きく書かれた看板が地面に刺さった状態で握られていた。
彼の名前はマンダム。マンダム=クレイジャン。
王国近衛騎士に憧れて15歳の夏、軍隊に入隊したが、結局大した功績も残せず20年を過ごした男だ。
同僚どころか、年下の上官も腐るほどいる悲しみを抱えた兵士である。
見てくれもそこまで恵まれず、中の下の中の上の下くらい。
彼女いない歴=実年齢のクライフォーミー。勿論チェリー。
しかしその性格は真面目一辺倒で実直。どんなつまらない任務でもしっかりとこなしてきた。
そんな彼は、こんなどうしようもなくありえないほど忘れ去られたド田舎村ごときへのたかがお触れ伝達役だったとしても、仕事に対する誇りを忘れない。
「平穏の時代と謳われた昨今だが、内外問わず悪意のある者が襲ってこないとは限らない!」
お触れの内容は『生誕祭に向けた警備兵募集』、つまりちょっとしたアルバイト募集みたいなものだ。
マンダムは声高々に語る。
「そんな国家に仇なす者たちから、己の身を挺して守る大変誉れ高い――」
「うるせぇだ、貴様!!」
バキィッ!!
「がっ!!!」
そんな真面目な彼の脳天に、村人の酒瓶が襲う。
マンダム、思いっきり地面へと突っ伏す。華麗に脳震盪。
「あ、が……っ」
自分の身に何がおきているのか、全く事情が読みとれないマンダム。理解できない。できるはずもない。
そんな彼の顔つきは惨めで、同情を禁じえなかった。
頑張れマンダム、誉れ高い任務のために。
「オラたちは平和に暮らしたいんだべよっ!! 貴様なんかに壊されてたまるかっ!!」
ゴッ!! ドガッ!!!
「がっ!! ごっ!! き、貴様ら……っ、ぐほっ?! ちょ、か、顔は、や、やめ……っ」
だが、マンダムの頑張り虚しく、村人の攻撃はやまない。その村人の顔はほのかに赤かった。
国家に仇なす者たちからならともかく、まさか自国の村人に襲われるとは思わなかった。そりゃそうだ。
ふらふらする頭を片手で守りながら、涙目で、何がなんだかわからずのまま、入口付近に止めていた馬がいる方へと、地べたを這いずりながら脱出を試みる。
おかしい、これってなんかおかしい。
「いい加減なこといったってからにっ! 魔王復活祭?! そんなけったいなモンもうとっくに封印されてるってばよっ!」
「そうザマス! そんなのうちのメグちゃんでも知っているザマス!! クソ食らえザマス! きすまいあす、ザマス!!」
「オラぁたちをド田舎もんだと思ってからかいにきたかっ! この盗人野郎!! 首つってウ●コしろ!!」
「そうじゃそうじゃ! 食らえっ! 腐ったトマトじゃ!」
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
気がついたら酒瓶で奇襲をかけた村人以外にも何人か参加している。
そして呼応するかのように一人、また一人と村人達が参加していく。
小さかった流れが、徐々に寄り添い、やがて一つの大河となる。
それは一つの魔物だった。大衆という名の魔物。和訳で私刑(リンチ)。
ちなみに『魔王復活』などというセリフは一言も語られていない。
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ! チーン。
「うっ!! ひぎぃっ!! マ、ママ……」
村人の執拗なまでの攻撃は止まることを知らない。
兵士マンダムはこの状況の違和感の理由に頭が回る前に意識を失った。
「うぉぉぉぉぉぉ、ワシらの勝利じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ひたすらトマトを投げつけていた老人が叫ぶ。
「ふははは、俺らもやれば国家権力に負けんことが証明されたぞ!!!」
「ええ、これで平和な日常に戻れるわ!!」
老人に続き次々に村人達が狂喜乱舞する。その目は完全に血走っていて、もはや人間のそれではなかった。
恐るべし閉鎖社会。恐るべし群集心理。
「や、やめろぉぉぉぉ……っ!!! その人を苛めるなぁっ!!!!」
ズザザァ……ッ!!! ……ぐちゃ。
ピタ。
突如脇から入ってきた叫び声に、村人達の動きが止まる。
「やりすぎだっ! こんなSMプレイ!! こういうのはなっ、ムチとロウソクまでにしておけよっ!!!」
颯爽と、兵士マンダムの体を踏んづけ現れたのは、蒼き輝く鎧を纏ったボロマントの青年。御年18歳。
その手には刀身に“ごつい”と書かれた大剣が握られている。マントはやっぱりちょっと臭い。
五津井岩面、その人だ。
「俺はやめろといっている。この人はそこまでドMではない……ソフトMだ」
兵士マンダムをむにむに踏み台にしつつ、五津井は村人たちと対峙する。
ちなみに村人の攻撃はとっくに終わっているのだが、それは言わない約束だ。
「なんだぁ、五津井? おんめ、さっきまで一緒になぐてたろぉよ〜?」
奇跡の酒瓶アタックをかましたオッサンが、首をかしげたままトロンとした目で五津井を見据える。
周囲の村人たちも不可解な表情だ。
「ああ、確かに最初はプレイの一環だと思って、石を握った拳で殴った……だが、これはやりすぎだ」
ちょっと濃いめな眉をキュッと締め、真剣なまなざしで語る五津井。大剣を油断無く村人たちに向け続ける。
「やりすぎじゃないわい。コイツはワシらに『魔王がでた。戦えゴミ虫』っていったのじゃぞ?」
「そうザマス! うちのメグちゃんに対して『能無し野郎のチ●カスがぁ! 魔王倒せよっ』って言ったんザマスよ!?」
あーだこーだと騒ぐ村人達。彼らの中では既に兵士は悪の貴公子メガトン☆マンダムになっているらしい。
「落ち着けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!!!」
ピタ。
再度の五津井の叫びに村人はまた黙る。
村人達は悟った。五津井の態度に。違う、今日の奴は何か違う……。
流石に空気が読めてきたのか、村人達は若干たじろいだ様子で五津井を見つめる。
そんな彼らの視線を受け、五津井は「スゥゥ……」と下に深く息を吐き、ゆっくり頭をあげる。
そして少し間を置き、厳かな口調で語り始める。
「この兵士が言ったことは正直どうでもいいんだ。ごめん」
「…………」
ざわざわ……。
その言葉から村人達の間に少しだけ動揺が走るが、それもすぐに止む。彼の話はこれからが本題だと悟ったからだ。
次の言葉を待たんとばかりに村人の視線は彼に再び注がれる。
いつの間にか五津井は構えを解き、剣を背中の鞘に収めていた。
「みんなが自分に酔いしれていたところに水を差して悪かった。それは謝る」
淡々と語る五津井。誰も彼につっこみはいれない。それがこの空間に生じた暗黙の掟。
「だが、みんな考えてくれ。この兵士はなんて言った?
確かにこのビチクソ野郎は貴方達に数々の暴言を吐いていた。それは事実だ。だが、それ以外に何か言っていただろう?」
「ま、魔王のことか……?」
おずおずと村人の一人が答える。その瞬間、村人達はまたざわつき始める。
ちなみに『魔王復活』などというセリフは一言も語られていない。念のため。
「ま、魔王って……オメ、正気で聞いていたんか?」
「む、昔話ザマス……。そんなの迷信でザマ……」
「そ、それにアールグレイでは、強力な結界をいくつも重ねて厳重に封印し続けているって……」
「どうでもいいんだよっ、そんなことはっ!!!」
ビクゥッ!!!
再び大きくなりそうなざわめきに五津井がいきなりキレる。村人達は思わず身を震えさせた。
「ふぅ……取り乱してすまない……」
「い、いや……」
おっそろしい悪鬼のごとき形相を一瞬だけに留め、再び冷静な顔つきに戻る五津井。
額からは頭の血管が切れたらしく、一筋だけ血が垂れている。
「まぁ聞いてくれ皆。俺はこのエセキモ兵士の言うことが全て嘘だとは思えない」
足元にいる兵士マンダムをふみふみする五津井。
ときどき「うっ、うっ」と聞こえるがそんなの誰も気にやぁしない。今はそれどころの話ではないのだ。
「貴方がたが魔王復活の話を無理矢理にでも信じようとしない気持ちはわからないでもない。
なぜなら我々人類は幼きころより『悪いことしたら魔王が貴様の醜い頭をカチ割って食っちゃうぞ〜☆』と教えられてきたのだからね。
魔王封印から500年近く経った今でもその恐怖は変わることがないだろう。否、なまじ実体験としてないが故の恐怖がある」
「そ、想像力だべか……」
村人の一人がややおびえた口調でつぶやく。
そう、当然のことながら現代の人間たちは魔王と遭遇したものなど誰一人としていない。
しかし、彼らの間では500年前の壮絶な戦いが“伝承”としてまことしやかに伝わっている。
魔王は人々を搾取し、意味のない虐殺も朝飯前。
人類を奴隷かそれ以下の存在でしか見ていなかったと。
500年経ち、彼らに対する直接的な恐怖は皆無に等しいが、言い知れぬ想像上の恐怖が新たに人々の脳裏に芽生えていた。
体験したことのない恐怖。
人々を震え上がらせるには十分なものであろう。
「その通り。知らないは恐怖だ。未知に対する恐怖は、どんどん頭の中で勝手に膨らんでしまうからね」
淡々と、しかしはっきり響く大声で語る五津井。
その姿はまるで、表向きばかりはそれっぽいことをいう悪徳政治家のよう。
「た、確かにワシらは魔王を知らない。実際見たことないからのう……」
「そ、そうザマスね……。でも、その恐怖がメグちゃん的に魔王復活の真偽に関係があるザマスか……?」
「! まさか、その兵士が魔王?!!」
一人の言葉に、青ざめた表情で後ずさる村人達。だが五津井は冷静な口調のまま答える。
「いや、それはない」
「「「どっ」」」
村人達の間に、久しぶりの笑顔と笑い声が交わされる。優しい気持ちが彼らを包む。
足元では既にピクリともしなくなっている兵士マンダム。
「じゃあ他に魔王復活に何か証拠が……?」
「そうだ」
五津井は頷く。その目には何か核心めいた光が宿っている。
「…………」
村人達は押し黙る。各人たちの額には脂汗すら流れていた。
………………。
「俺が望んだからだ! 『蘇れ、魔王』とっ!!!」
「「「ねーよっ!!!!!」」」
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
ドッ! バキッ! ゴキッ! ズゴッ! ベチャッ!
チーン。
トルイの村は相変らず平和だった。
ちなみに勇敢なる兵士マンダムは目を覚ましたとき、ここでの記憶を失っていたといふ……。
<第2話へ続く...>
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