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【第一章「ごっつい顔面のブ男勇者(自称)・五津井岩面のアンニュイ」】
●第3話:「勇者五津井、華麗なる旅立ち」
ところ変わってトルイ村。
役目を終えアーグトリ市に帰還した兵士マンダムの深層心理に深い傷が付けられた以外、至って村は平和であった。
ちなみに兵士マンダムは村人に手厚く看護され、むしろ好印象しか残っていない。
広場の大樹にて、一匹の蓑虫がいた。
五津井岩面だ。
全身をSM用荒縄でグルッグルに巻かれた彼は、ブラーンブラーンと大樹の枝にぶら下げられていた。
その顔は、腫れに腫れただでさえ醜い顔が何がなんだかわからない物体へと化している。
「…………」
「…………」
そんな彼の足元に四つの目。
一組の男の子と女の子が彼をじっと見つめていた。
「ねぇーベルちゃん。あれーなぁに?」
鼻水を惜しげもなく垂らしながら男の子が隣の女の子に尋ねる。
「ばっかね、メグは。あれは“ゴミ虫”ってゆ〜のよっ」
その隣でベルと呼ばれたちょっときつめな性格の少女が答える。
「ごみむしー? そーいえばおかーさんがいってたー」
「まったく、きおく力がないんだから。いい、“ゴミ虫”にはなにやってもいいのよっ!」
ポイッ。
そう言い放ち、ベルは近くにあった小石を“ゴミ虫”に投げつける。
「ぐげっ」
「あはは、ほぉら、面白いでしょ?」
「うん! そうかぁー、なにしてもいいのかぁー、そぉれ〜」
ポイッ。
「ブゲッ」
ベルにつられてメグ少年も手近にあった石を投げる。ちょっと大きかった。
「あははははっ! さっいこうよっメグ! ほらほらもっと投げましょうっ! あははははっ!」
「うん! ぼくいっぱいなげるよベルちゃん!」
ポイポイポイ。
ぐげぐげぐげ。
ぶんぶんぶん。
ぶげぶげぶげ。
「あはははははっ! ゴミ虫ー!」
「うふふふふふっ! ゴミ虫ぃー!」
徐々にエスカレートしていく二人。
いつの間に石以外にも、近くにあった箒やら酒瓶やら腐ったトマトやらを投げつけている。
「ね、ねぇ……メグぅ。こ、この斧、投げちゃってもだいじょうぶよねぇ……っ」
どこか紅潮し光悦とした表情のベルが、甘い声でメグに話しかける。
その手には小さい斧が一振り。長年腕のいい木こりさん(現在ミノムシプレイ中)に使い込まれた業物である。
「え、さ、さすがにそれはしんじゃうよー……」
ベルのイケナイ顔にたじろぎつつも、メグは止めようとする。
「い、いいのよぉ……だってアレェ〜……“ゴミ虫”だからぁ……はぁはぁ」
「べ、ベルちゃん、こわいぃぃ」
涙目になりつつあるメグを余所に、ベルは“ゴミ虫”に向けて斧を構える。殺る気だ。
「自分のぉ〜、つかってたぁ〜……斧でぇ〜……はぁはぁ……どんなこえでぇ〜……なくのかしら、ッ!」
ベルが越えてはならないデッドラインを簡単に越えようとしていた瞬間――
「いィ加減にしろォォォぉぉおおおぉぉぉおぉぉ………………ッ!!!!!!」
「!!?」
“ゴミ虫”が吼えた。
ブチブチブチ……ッ!!!
豪快な音を立てながら“ゴミ虫”を戒めていたSM用荒縄が千切れていく。恐るべき力だ。
「あ、あわわ……」
「お、おちついてメグ! だ、だいじょーぶだからっ!」
ただでさえ涙目だったメグが、ボロボロ心の汗を流しながらベルの後ろへ隠れる。
ベルはそんな彼を震えながらも落ち着かせようとする。
ドスンッ!
「「ひぃ!」」
メグとベルの声が重なる。
戒めを打ち解いた黒い影が、ゆらりと彼らの目の前に着地する。
「貴様らぁぁぁぁ……さっきから言わせておけばぁぁぁぁ……」
ジャキンッと背中に差してあった大剣を引き抜き、二人に向ける“ゴミ虫”――もとい五津井岩面。
「あ、ああ……」
あまりにも強力な圧迫感に対して、ベルは泣きじゃくるメグを健気に守ろうと庇う。
「おんしゃぁら……餓鬼だろうが容赦しねぇぇぇぇぇぇ……このゴツイカリバーの錆にしてくれるぅぅぅ……」
「う、あ、ああ……」「うわああああああああああん……っ!!」
ついに泣き出し走り出すメグ少年。
「あ、メ、メグ……っ?!!!」
一人ポツンと残るベル少女。
「くっ、くく……守ろうとした相手に逃げられちまったなぁ〜? どうだ、裏切られた気分はぁぁぁぁ? あぁん?」
「あ、う、うう……」
じりじりと近寄ってくる悪鬼に、気丈に振舞っていたベルだったが、その表情は徐々に崩れ始めている。
「ぐっふっふ……さぁて、どうしてやっかなぁぁぁぁ……? 散々ゴォォミ虫呼ばわりしてくれたよなぁぁぁ? ヒッヒッ」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!!!」
五津井の伸ばした腕に、金切り声を上げついには泣きながら走ってメグと同じ方向へと消えていくベル少女。
「…………」
五津井は無言でその後姿を見詰める。
やがて――
「終わった、のか……」
何か大きな事件を解決した探偵のように小さく呟いた。
「ここの餓鬼はなんか間違っているよな……」
自分自身のことを棚に上げながらも、一応正論を吐く。
ガチャリ。
ゴツイカリバーを背中にしまい、五津井は自分の住んでいる小屋がある村はずれの森へ振り――
「え?」
……向くと村人達がずらりと並んでいた。
「い、いつの間に……? さ、さっきまで誰もいなかったのに……」
一応これでも勇者志望のため、毎日戦いのための訓練はこなしていた五津井。
こんな間近まで接近を気付かれず、背後で多くの村人たちが並んでいた事実に彼は戦慄を覚えざるを得ない。
「……………」
終始無言で五津井を見つめる村人たち。
前回のときとは違い、明らかにその目には敵対的なものが含まれていた。
「あ、お、お前たちは……」
威圧感溢れる村人達の前には、母親と思われるオバサンたちにしがみつきこちらを見ている子供が二人。
さっきまで五津井に石その他を投げつけていたメグ少年とベル少女だ。
二人の顔は、涙で赤く腫れあがっていた。五津井と目が合うと怯えるように母親と思われるオバサンたちの足に顔をうずめる。
そんな子供達の様子に気付いたオバサンたちは、毅然とした顔つきで五津井を睨みつける。
「あんた、ウチのきゃぁわいいベルに何やってくれるのよっ!!!」
二人のうちの一人。恰幅の大変よろしいオバサンが叫ぶ。紫でやけにキラキラする服を着ている。
ベルのお母さんだ。どうやらきつそうな性格は母親譲りみたいだ。
「そうザマスッ、そうザマスゥゥゥッ!! ウチの賢いメグちゃんを苛めたなんて許せないザマッ!!」
そしてもう一人のオバサン。頭を茶髪に染めパーマで決めていた三角眼鏡のオバサンが「ザマスザマス」とめちゃ叫ぶ。
こちらはメグのお母様らしい。
「お、お前達は……PTAのお母様たちっ?!!」
二人の正体に五津井は唖然とする。
まさかこのクソ餓鬼どもが、PTAのやつらの子供だったなんて……っ、どおりでどこかでみたことが……。
どおりもクソも、この村の人間たちは全員顔見知りなワケなのだが。まあいいけど。
PTA(パーフェクト・トラブル・アタッカー)……それは村にとって最強の存在。
理屈などという矮小な存在など認めず、感情のみの力技で全てを押し切ってしまうという人間界での魔王たちのことだ。
「あんたウチの子供に剣を向けたそうじゃないっ?!」
ベルのお母様がずいっと前へでる。五津井はそれにつられ思わず一歩下がる。
「い、いや……お宅さんたちの息子さんや娘さんがですね……その俺、もといワタクシめに小石などをお投げになられたモノでしてね……」
「ンマァッ!! たったそれだけのことでウチのメグちゃんを襲ったザマスかっ?!! し、信じられないザマス!! 信じられないザマスゥゥゥゥ……ッ!!」
正確には斧とかも投げようとしていたのだが、五津井にはつっこめる余裕がなかった。ちなみに五津井の顔はまだまだ腫れまくっている。
「ホンンット、最近の若者の行動には目に余るものがありますわァっ!!」
「そうザマス! そうザマス! 怖いでザマッ!!」
どんどんおばさんたちのヒステリー声は加速していく。
鬼気迫るその姿に五津井は完全に気圧されてしまっていた。
「信じられませんわっ! 信じられませんわぁぁぁぁ!!!」
「こんな畜生にも劣る“クソ虫”なんて人間じゃないザマス!! ゴミザマス!! おけらザマス!!!」
「『クソ虫』! そうよ、“クソ虫”なのよっ!! “ゴミ虫”なんて生易しいっ!! こんなどうしようもない奴なんて“クソ虫”で十分ですわっ!! ああっ、ああっ、汚らわしいっ!」
「こ、このオバンども……っ」
あまりにも人権を無視したような物言いのザ・PTAたちに、五津井も漸くフツフツと怒りがこみ上げてくる。
ちらりと子供達が視界に入る。
「べぇ〜」「ふふん、“クソ虫”なんていい気味ぃ〜♪」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
五津井はキレた。それはもう壮大に。
無意識なのか意識してなのかわからないごちゃごちゃな思考の中、五津井は背中から聖剣ゴツイカリバーを再度引き抜く!
子供? 村人? そんなの関係ねぇっ!!
「ハイパー五津井流奥義ぃぃぃぃぃぃぃぃ……っ!!!!」
余談だが《ハイパー五津井流》とは勇者を目指す五津井が生み出した全てが我流の大剣用剣術である。
“ごつい”と大きく書かれた刀身は、彼の精神の高ぶりに呼応するかのように光を増し、強く輝く。
目の前の理不尽にッ! 倒さなくてはならない世の悪にッ! その力がまさに今解放されるっ!
「そこまでじゃ! 五津井!!!」
「!!!?」
一人の声が大気を響かせる。
その声に完全に自我を失っていた五津井が我に返る。
「そ、村長……」
声の主を辿るとそこには一人の白髪の老人が立っていた。VS兵士マンダム戦ではトマトを投げていた爺さんだ。
彼はゆっくりとPTAのオバサンたちの前へ立つと、ゆっくり五津井の顔を見つめる。
そのしわくちゃな顔に埋もれた瞳からは、長い年月の中で様々な経験をしてきた者特有の理知的な光が差している。
「五津井よ……お前は十数年前、お前の母親とここに流れ着いてから、ずっとこの村人として暮らしてきたな」
「は、はい」
普段とは見違えるような威厳高々な村長の態度に、思わず直立不動になる五津井。
「お前がまだ物心つく前にお前の母親は死んでしまったが、それにもめげずお前は立派に頑張ってきたのう?」
「は、はい。が、頑張ってきました」
主に勇者になるために、とは流石にいえない五津井。
「お前は確かに変わり者だが、この十数年お前と共に生きてきたワシたちじゃ。お前がどういう奴か心得ておる」
ふっ、と優しく笑う村長。その笑顔は全ての罪を赦すような不思議な力を感じさせた。
「そ、村長ぉ……っ」
五津井は、なんとなくその場の勢いでぐっと涙ぐむ。
「じゃからの」
コホンと、村長は咳払い一つ。五津井も周囲の村人達も「ごくり」と唾を飲む。
「お前、追・放☆」
アルカイックスマイル全開でおっしゃるトマト村長。もう「ニカッ」ってきこえて仕方がない。
「え……?」
「つい先ほど行われた緊急村会議の結果。五津井岩面、お前は『少年少女暴行罪』及び『猥褻罪』、更には『強盗』『誘拐』『殺人』『強姦』『存在』『結婚詐欺』『インサイダー取引』『業務上過失致死』『公務執行妨害』の罪で村から追放となった」
「え? はい? え?」
明らかに得体の知れない罪の羅列で流れに頭がついていけない五津井に、村長はとっても無視して続ける。
「本来ならここまでの罪、死刑確定なのだが、お前とワシらの仲だ。ワシもなんとか弁護したのじゃが、これで精一杯じゃった。すまんのう」
どさっ!
村長がそう言い終わると共に、五津井の目の前に荷物が投げ飛ばされる。
よくみると彼の住んでいる小屋にあった私物だ。いつの間にかまとめていたらしい。
遠くでは、なにやら黒い煙を発する五津井の小屋。燃えている。
「あ、あの……村長??」
おずおずと村長に歩み寄る五津井。その顔は中途半端にはにかんでいた。
「あ、ちなみに“永・久・追・放”だから。もう二度とその面見せるなよ?」
ピシャリと言い放ち、村長はそのまま自宅のあるほうへと消えていった。
「…………」
あまりの事態に固まる五津井に、村人達が次々に罵詈雑言を浴びせかかる。
「オホホホホホ……ッ! 私のメグちゃんにぃぃぃ、剣を向けるからいけないザマス! ザマス! ザマスゥウゥゥゥウゥ……ッ!!」
「こんのウッザイ“クソ虫”! あんたなんて“クソ虫”以下の“虫ケラ”よっ!! さっさと村を出て行って這いつくばってお死になさいなっ!!!!」
「でていけっ! 五津井!! お前なんてもうくんなっ!!」
「んだんだっ! 酒よこしたってぇ、かくまったりなんかしねぇがんなぁっ!!」
「でていけーでていけー」「ハァハァ……追放……“虫ケラ”……いい気味ぃ……」
村中から聞こえる追い出せコール。
数々の暴言の中、五津井は思った。
恐るべし閉鎖社会。恐るべし群集心理。
もはや自分の居場所がなくなったことを悟る。
「く、くそぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!!!!! お、覚えてやがれぇ!! 貴様らいつかけっちょんけっちょんにしてやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」
そんな三流悪役の捨て台詞を叫びつつ、五津井は足元に落ちていた荷物を取り、そのまま走って村の入口から出て行った。
こうして五津井は勇者を目指し、トルイの村を旅立ったのだっ!
めでたしめでたし。
<第4話へ続く...>
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