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【第ニ章「魔王と生徒と食い逃げ犯」】
●第4話:「少年ウリーのちょっと微妙な帰り道」
エイマル王国首都アーグトリ市には大陸一大きな魔法学園が存在する。
王立ミルドラン魔法学園。通称:ミルドラン学園。
創立から70年以上も経つこの学園は、大陸中から才ある少年少女が集い、魔術を中心としたあらゆる学問を学ぶことのできるエイマル王国が誇る国営の名門学校である。
とはいえ長い戦乱の混迷から脱出した昨今。
創立当初の中枢を担っていた戦闘・戦術関連の学科はなりを潜め、現在の大半が魔法理論や歴史・数学など普通の学術的科目メインへと移ってきている。
在籍する生徒や職員のほとんどが南部出身の者であるが、ゴーネリア神聖帝国出身の者も少なからず在籍している。
収容人数の多さから、当然その面積も広く、規模だけでいえばアーグトリ市中心にあるエイマル城に勝るとも劣ることはない。
そしてその外観は、円錐状に建てられた本棟を中心に、各学生棟が取り囲むように配置され、正面には広い校庭、背後には学園所有の森と湖が広がっている。
学園内には、遠くから来た生徒のために学生寮まで完備されている徹底っぷり。まさに理想の学園なのだろう。
そんなびっくり大きなミルドラン学園。
時は既に夕刻。まったり黄昏ムードになる時間帯。
だがしかし、本日に限ってのみは、あまり穏やかな空気は流れていないようだった。
「『生誕祭に向け、警備兵アルバイト大募集!』……?」
校内の掲示板に貼られた一枚のチラシに、白や黒の塊たちが群れをなして集まっておった。
ミルドラン学園において、年齢や成績により《基礎学生》《高位学生》《修士学生》の三段階に学位に分かれる。
当然、学位が上がるにつれ、高度且つ専門的に細分化していき、その難度も高くなる。
余談だが、その名の冠する通り国営による学園であるため、《基礎学生》《高位学生》程度までは一般人でも気軽に入学することが可能だ。
その見分け方は簡単で、学位を制服のデザイン、学年と学科をバッチの色で判断するべし。
このことから、彼らの制服についた緑色のバッチである彼らは、高位一年生のようだ。
ちなみに最初白黒と表現したのは、白地が女生徒用で黒地が男生徒用の制服だからだったりする。
「『交通費・制服支給。学生・未経験者歓迎。明るく楽しい職場です』? って俺たちも働けるってわけか」
「『夏に向けて遊ぶお金を稼ぎたいアナタに最適! 先輩警備兵が優しく丁寧に教えます』、だってさ。俺ちょっち夏彼女と海行く予定だったからなー。いっちょやってみっかな」
「『女のアルバイトも多いので女の子も気軽に働けます♪』、……えーこれマジ〜? アタシもやってみようかな〜」
「『週二、三時間以上。シフト申請制なので自分の都合のいい日を選べます!』、あ……これいいかも」
「ちょ、おま、時給良すぎで候……ぬぷぷ、拙者、スーザンたんのフィギュアのために頑張るでござる、フヒッ、フヒヒ、候、候、そおうろぉ〜」
掲示板を取り巻いて思い思いにしゃべり出す学生達。
早速夏の予定を組む者、友人同士で参加しようと誘い合う者、これを機に軍に入隊を企む者に、季節限定スーザンたんフィギアを狙う者。
学生たちの様々な思いと言葉により、掲示板前には放課後とは思えないほど賑わっていた。
そんな喧騒やまないざわめきの中。
少し冷めた顔つきで、そのチラシを凝視する少年が一人。
「なぁ、ウリー。お前もトーゼンやるよな? 警備のバイト?」
そんな少年の背後から、一人の男子生徒がニヤニヤしながら彼の肩を叩く。
「いっ、行くわけないだろっ。僕なんかが行っても足引っ張るだけだよっ」
突然肩を叩かれビクッと震えるウリーと呼ばれた少年は、必死な顔で男子生徒の言葉を否定する。
身の丈160cmをなんとか越えている程度の小柄な体躯。
黒髪で童顔の顔で、一見女の子にも見える彼の名前はウリー=コスター。
見た目は10代前半だが、実年齢は16歳。
ミルドラン学園高位魔術科一年生。現在彼女募集中。お便りは以下のテロップにて候。
「こういうのは大人の仕事だよ。僕達のような子供なんか行っても足手まといだろ」
ウリーは話しかけてきた友人に視線を向けないまま小さく呟く。
彼はとっても内気でナイーヴな少年なのだ。
「カーッ! だからウリーちゃんは駄目駄目なんだよっ。もっと自分に自信を持てよー」
バシバシとウリーの背中を叩く短髪の男子生徒はドルージ。ウリーとは第一学生時代からの友人だ。
初めて出会ったころから含めれば、かれこれ5年以上の付き合いになる。
そんな彼はウリーとは対照的に背はひょろりと高い。
「そんなこと言われても成績が悪いのは事実だし……」
「悪いって言っても、いつも全教科平均点は越えてるだろ?」
ちなみにウリーのあだ名は“ミスター平均点”。理由はドルージが言った通りだ。
「平均点とったからって別に凄くないだろ? 単純に考えれば生徒の半分が僕より上にいるんだ」
ふて腐れたように、掲示板から離れるウリー。ドルージも後に続く。
「君の体育や戦闘技術みたいに、何か特化した部分があるほうが羨ましいよ僕は」
恨めしげに隣に歩くドルージを睨む。
彼は根っからの体育系で、それを評価され高位学生では特待生として迎えられている。
当然、戦闘関係の授業の成績は上から数えたほうがはるかに早い非常に優秀な生徒だった。
「お前は赤点を経験したことないからそんなこと言えんだよ。試験前の絶望感といったら……と、俺の教室こっちだな。カバンとったら校門で待ってるぜー」
勿論、体育系で入ってきた彼はウリーとは違い魔術科ではない。兵士科のクラスの生徒だ。
ウリーは自分の教室へ向かうドルージの後ろ姿を見つめ、小さくため息をつく。
「別に僕は自信がないわけじゃ……身の程を弁えてるだけで」
ドルージの言葉が悔しかったのでつい小さく反論してしまうウリー。
そんな自分が少し幼稚に思え、恥ずかしさを紛らわすように頭を掻いた。
そして勢い余って後頭部のニキビを「プチッ」と潰したのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王立ミルドラン学園・学園長室。
学園本棟は十数階もの階数で構成されている。
その頂上に位置する学園長室は、入口からみて正面にガラスのような透明な材質で作らた大きな窓がある。
この窓からは大陸中を見渡せるんじゃないかと思えるぐらい、どこまでも景観を独り占めできるのだ。
「………………」
そんな大きな窓の手前、木製のシックな仕事机で、3代目学園長マギー=ザルルスは今日も今日とて書類と格闘していた。
白く長い髭をもしゃもしゃさせながらペンを走らせる老齢の彼は、昔王国の宮廷魔術師として活躍していた人物だ。
彼は現役時代、《偉大なる壁同盟》の調印式に出席していたことはあまりに有名である。
彼が纏うとてもおハイソそうな浅葱色のローブからして、その片鱗を覗わせている。
だがそれ以上に、魔法使いというより格闘家としか思えない偉丈夫っぷりのほうが、市井には知られているかもしれない。
年のせいで、大分やせ細りはしているが、その頑強さを感じるシルエットは未だに失われていない。
ついでいうと下半身のファンキードック(和訳:なんとも奇妙な懐刀)もまだまだ力を失っていない。
「…………ふむ。やはり学生達は慌てているようだな」
職員から上がってきた報告書に目を通しながらマギー学園長は呟く。
「今回初めての試みじゃからのぅ」
“初めての試み”とは、当然掲示板に載せた学生による警備兵のアルバイトだ。
今までは修士学生以外でのアルバイトの斡旋は行っていなかった。
アルバイト自体は申請すれば認可されていたが、学園の掲示板を通した募集は長い学園の歴史の中で初めてのことであった。
「王は何を考えていらっしゃるのか……急に学生アルバイトの募集をかけてほしいなどと」
年季の入った深い皺が歪む。この度の募集に対して、彼はやや不審に感じていた。
「10年前の生誕祭の時には、そんなことなかったのじゃが……うーむ」
わしゃわしゃと自慢の長い髭を弄びながら一人呟くマギー学園長。
このチラシを貼るよう王宮から指示されたのは、つい数日前。
久しぶりに仲のいい職員や友人たちとおさわりパブ《ピンクキャット》へ行く約束をしてウキウキしていた際の話だ。
突然、王宮からの使者が学園へ訪れ、このチラシを掲示板に貼れと命じた。
その書簡にはしっかりと王のサイン。まごうことなく勅命だった。
当然、マギーは王宮へ向かいその真意を尋ねてみたが、「若いうちから国の仕事を経験してみるのも教育」といったお役所回答のみ。
特にそれ以上不審な点もなかったので、疑問に思いつつもマギーは本日の朝、そのチラシを貼るよう職員に指示したのだ。
「ま、これはこれで面白そうじゃし、ええか、ええか」
今の段階では正直判断ができない以上、深く考えすぎて疑心暗鬼になってしまうのもいかがなものか。
単純に500周年という今までの中でも、最も大規模で執り行われる予定の生誕祭だからなのだろう。
現にエイマル城の城下街であるアーグトリ市では、来るべき生誕祭に向け、早くから多くの人間で盛り上がっている。
人手不足なのは間違いないだろう。
何せ、マギー自身も学園長という立場から、生誕祭に関する業務で老体に鞭打って働いているのだから。
加え、学生のうちにいろいろ社会経験をしておくのも悪くはない。
「とりあえず今日のところは、ジョリーヌちゃんにでも癒してもらうとするか」
真剣な口調で今日の予定を決めるマギー学園長。
彼はクールでファンキーなエロじじいなのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ、ウリー、もうっどこ行ってたのよ? 早く掃除手伝ってっ!」
ウリーがトボトボ自分の教室に戻ってくると、一人の少女が箒を片手に待っていた。
ウリーと同じぐらいの身長の彼女は、このクラスの委員長で彼の幼馴染でもあるコーリ=シューク。
ふっくらした頬には、気の強そうな大きな青い瞳と小さな鼻がちょこんと鎮座し、とても可愛らしい少女だ。
エメラルド色のショートカットヘアーを軟らかくそよ風に乗せ、その前髪を赤いリボンで結んでいる。
「あ、うん。ゴメン。今すぐ手伝うよ」
自分が掃除当番だったのをすっかり忘れ、慌ててロッカーから箒を取り出すはウリー=コスター16歳。絶賛彼女募集中。
こんな可愛い幼馴染がいてなお彼女募集中とはいい度胸である。氏ね。
「まったく、ウリーは罰として明日も掃除当番ね」
「ええー……っ」
ビシッと人差し指でコーリはウリーを差す。ちなみにコーリは委員長としていつも掃除当番だったりする。
一部では“掃除番長”やら“掃除帝王”やら“掃除四天王の中では一番弱いが得てして可愛い方”やら呼ばれているがそれはまた別のお話。
「文句言わないのっ。恨むなら、サボった十数分前の自分を恨みなさい」
「はい……」
ぷんすか怒るコーリに、長年の付き合いからこれ以上言っても無駄だと悟り、ウリーはしぶしぶ頷く。
「(完全にサボったわけじゃないんだけどなぁ……)」
「あーあ、残念だったな、ウリー」「鬼嫁には逆らえないよなー」「犬と呼んでください」
一緒に掃除をしていた生徒達がウリーをはやし立てる。
幼馴染の宿命か。周囲ではウリーとコーリを、嬉し恥ずかし夫婦ネタとしてからかうのが日課だ。
「だああれが鬼嫁よっ! あーンた達もバカ言ってると一緒に掃除当番にさせるわよ?」
「へいへーい」「おーやっぱり鬼嫁はこわいな〜」「踏んでください」
コーリの一言で、揶揄するのをやめ掃除に戻る学生達。何だかんだいって仲のいいクラスだ。
「はぁ……やれやれ……」
そんな彼らの様子をため息交じりに眺めるウリー。
「ほら、ウリー。ため息吐く暇あったら、さっさと机を運ぶっ」
「はいはい……」
夕日差し込む教室の中、ウリーたちは愉快な仲間たちと共に教室掃除を続けた。
………………………
………………
………
…
アーグトリ市は、エイマル王国の首都であり、エイマル城を内包する城下町である。当然その土地は広い。
北側にあるアイキュロ山脈を背に建てられたこの街は、南へと続くスニキア大通りにより東西に縦断されている。
東側に住宅区と商店街、西側に娯楽街や宿場街が街を彩り、人々の活気と共に全てを頑強な城壁で包み込む。
その城壁には、外界へと続く門が四つあしらわれ、外界との橋渡し役を担う。
四つの門とは、南側にある巨大な正門と西門・東門、そして北東には学園へと続くドザエ門だ。
ミルドラン学園は街の東側に位置しているが、正確にはドザエ門から続く専用の通路を通じた街の外に設えられているというわけだ。
この綺麗に舗装された専用通路に、三つの人影が地面に映る。
「しっかし、生誕祭の警備かー。なんか聞いているだけだと結構来るモンあるよなぁー、なあ?」
学園からの帰り道。
三羽烏が一人ドルージの第一声がそれだった。
「生誕祭の警備? ああ、朝ミューイ先生が言ってたアレ?」
ウリーの右側を歩くコーリがウリーに問いかける。
「うん。帰りのホームルームが終わったあとドルージと掲示板見に行ってきたんだ」
ウリーはコーリに聞かれるがままに、今日の放課後のことを話す。
「あんた達、そんなの見に行ってたの……あっきれた。ミューイ先生が言ってたじゃない、『バイトより勉強しろー』って」
今朝のホームルームは、いつもと若干違っていた。
低血圧と二日酔いで普段はあんまり実のあることを言わずにさっさと終わらす女担任が、珍しくちょっとだけ真面目な表情で話していたのだ。
そりゃあ緊張せずにはいられない。あれは間違いなくギャンブルで散財した証拠だ。
「でも生誕祭の警備だぜ? もしスーザン王女誘拐とか企んでいる奴らを止めてでもみろよ? 一気にお近づきになれるかもしれないんだぜ?!
いや、それどころかオメー、惚れられたりなんかしたらどうする? 逆に『私を誘拐してください』とか言われたらよぉ!
うおおおおお〜やっべー! 超マジ熱いんですけど!!」
ぶくー、っと鼻を膨らませ、ブンブンとバッグを剣に見立てて振るドルージ。目はキラキラ、顔はゆるゆるだ。
ちなみに彼は剣術部所属で、待望のエース候補だったりする。
今日は部活が休みだったのでウリーたちと一緒に帰っているのだ。
「そ、それは……いいな。素敵だ、憧れる」
「ほらぁ、ウリーもそう思うだろ〜? だったらやろうぜ! なっ?」
ないとは思っていても、憧れてしまうのが男の子。英雄譚とロマンスに弱い年頃なのだ。
「あんたらバッカじゃない? ンな“ポンチ絵”みたいな話あるわけないじゃない?」
ジト目でドルージを見つめるコーリ。
ポンチ絵とは、巷で流行っている絵つきの物語が描かれている本のことだ。マンガとも言う。
「大体、仮にそんなやばい奴らが現れたって、一学生が倒せるわけないじゃない」
「いやでも、警備兵とかならスーザン王女にはお近づきになれねーかなー」
「流石にアルバイトじゃ無理でしょ。そういうのは正規の近衛兵とかの役目じゃん」
「だよなー」
「おいコラ男共」
コーリの嫌味もどこ吹く風。
そのムッツリさに定評のあるウリーと直情エロのドルージの間には効果などあるはずもないのだ。
「ぬんっ」
「「ぎゃっ!」」
しからば、直接制裁。合言葉は肉体言語。ボディランゲージ。
茹蛸状態の二人の耳を引っ張り現実に強制帰還させる。
「い、痛いってコーリッ」
「いてて……少しは手加減しろよなー……」
「アンタ等が現実に向き合えるよう手伝ってあげたまでよ」
ふんっ、と鼻を鳴らすコーリさん。見事に男二人を尻に敷いている。
「……って、そもそもマルク王子とスーザン王女には《神具》があるじゃない。あんた等の出る幕もなくそこで試合終了よ」
「あー、そうだよな……」
「う、た、確かに……」
――《神具(しんぐ)》
魔族よりはるか昔に大陸を支配していた古代民族《アポリス人》。
彼らが生み出せし特殊な力を携えた道具たちの総称を指す。
その力と機能は、現在の技術では凡そ理解すらできず、まさに“オーパーツ”と呼ぶに相応しい代物だ。
現在では扱える者はほとんどいないようだが、稀に神具によって呼ばれる者たちがいる。
逆に言えば、神具に選ばれさえすればその秘められし強力な力を使い放題なのだ。
ちなみに、勇者アカサタナが使用していた《ダイナルダスター》もその一つである。
他の勇者のパーティたちも神具を持って戦いに挑んだと言う。
魔王封印後は、初代《聖母》であるスミレ=クィナによって、神具は管理されることとなる。
その管理団体は《神聖委員会》と名を変え、同時に随一の宗教組織として長らくこの大陸に息づいている。
そしてまた、この国の王の子息女であらせられるマルク王子とスーザン王女も神具に選ばれし人物だ。
彼らは委員会公認の下、その力を如何なく振るうことができる数少ない者たちであった。
故に、彼らの類まれなる実力も去ることながら、その神秘性からして“王の双剣”と、畏敬の念を込め民衆らに呼ばれているのだ。
「お、もうここか。んじゃ、また明日学園でなー」
「あ、うん、また明日ー」「あまり夢ばっかり見てるんじゃないわよーっ」
鍛冶屋の息子であるドルージの家は、商店街沿いにある。
彼はその商店街へ続く道の前で、ウリーとコーリにさよならの挨拶を告げ、そのまま自宅のある方向へとその背中は消えていった。
ウリーたちもその声にあわせ、小さく手を振る。
「じゃ、僕らも帰ろう」
「そうね」
ウリーとコーリの実家は見事なまでに隣合わせだ。
コーリの家系は有名な宮廷魔術師を生み出す家系。なかには団長を務めたものもいる名門中の名門。
時代が時代なら、まず一生彼女とは話すどころか会うこともない階級の人間だ。
そんなコーリの幼馴染であるウリーも同様、やんごとなき家系かというとそんなこたあない。
ウリーの家族は14年前にこのアーグトリ市に移住してきた。
しかも彼はアバシア大陸の人間ですらない。海を越えた遠い土地バリトという場所から来たらしい。
詳しい理由は教えてもらえなかったが、ウリーはうすうす戦争が理由なのだと考えている。
アーグトリ市で住む場所が見つからなくて困っていたところを、コーリの父親が物置として使用していた土地を譲り与えたという。
以降、二つの家は付き合いがいい。
ウリーの父親は魔術師としても優秀で、現在はコーリの父親の片腕として働いている。
しかし、飛び抜けた成績のないウリーにとっては、コーリの家系も父親の仕事も全てコンプレックスのようなもの。
ウリーにとって今もそのことが心のどこかで“しこり”となり、なんとも言いがたい気持ち悪さとプレッシャーを持て余し続けている悩める青少年時代なのだ。
自宅へ続く帰り道。
比較的、裕福層の人間が住んでいる街道を二つの影がとぼとぼ歩く。
遠くからは夜のお供を誘う人々の声が小さく耳に入り込む。
「まさかとは思うけど……応募とかしたりしないわよね?」
「え? 応募って……警備のバイトのこと?」
不意に隣で歩いていたコーリが立ち止まり呟く。ウリーも立ち止まってコーリに振り向く。
「ドルージはいく気みたいだけど?」
なんとなく様子が変だなぁ、とか思いつつもウリーは若干的外れなことを答える。
「そうじゃなくて、あんたは行くの行かないの?」
眉をひそめ少しイライラした口調で、ウリーを見つめるコーリ。その言い知れぬ迫力にウリーはたじろぐ。
「い、行くわけないだろっ? 第一、僕が行ったからって役に立つわけないじゃないか」
自分で言ってて悲しい気もしたが、事実なものはしょーがない。ウリーは何とか取り繕うよう、口早に話す。
「……別に、ウリーが役に立たないとは思わないけど……」
「え?」
「……本当に行かないよね? 生誕祭は普通に楽しむのよね?」
「も、もちろんだよっ! 僕は普通に一般客としてお祭りを楽しむつもりだもの」
「――しっ」
「え? 今なんて??」
コーリが小声で何かを言ったみたいだがウリーには聞こえなかった。
聞き返しても無視されたので、ウリーは仕方なく問われたように答える。
「そ、ならいいの。ごめん、変なことゆって」
「う、うん……」
ウリーの答えを聞き、どこか安心した表情で笑うコーリ。
その笑顔にちょっとだけドキッとしたのは内緒の話。
「さ、ぐずぐずしていないで帰るわよ、ウリー」
「ちょ……待ってよっ、コーリ」
いきなり歩き始めるコーリに慌てて、ウリーが後を追う。
その道中コーリはどこか上機嫌だったが、ウリーは内心複雑な気持ちで押しつぶされていた。
「僕だって君や父さん、ドルージみたいに強くなりたいよ……そうすれば――」
<第5話へ続く...>
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