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【第ニ章「魔王と生徒と食い逃げ犯」】
●第5話:「轟音! さよならジョリーヌちゃん!」
翌日。
ミルドラン学園長マギーとウリーたちの担任教諭のミューイ女史はエイマル城四階にある会議室にいた。
高級木材を惜しみなく使用した豪奢な円卓が室内ど真ん中に鎮座し、装飾美溢れる椅子がきっちりかっちり囲う。
頭上には決して派手すぎず、しかし高貴さを携え規則正しく並ぶシャンデリア。
そして会議室の奥には、平和の使徒であるマンドラゴラをモチーフにした大きな国旗が掛けられていた。
二人は可愛いらしいメイドさんに促されるがまま、入口付近にある椅子に深々と座り、会議が始まるのをじっと待っていた。
遡ること今日の早朝。
『本日午後。王城会議室にて重要な会議あり。ミルドラン学園長殿にも参加を願い賜りたし――』
数日前、王国より次の生誕祭に向けた会議の出欠を採る通達が来ていたのをすっかり忘れていたマギー学園長の元。
ご丁寧にも早馬を飛ばし王国から使者がやってきた。
そして、これから合コンがあるからと同行を嫌がるミューイ女史を道連れに、電光石火の勢いで馬車に無理矢理押し込んだ。
説得の決め手は“金持ちの男を紹介する”こと。
ミューイ女史にとっては完全なとばっちりである。
とはいえ、三十路越え(アラサー)な彼女には、ステータスの高い男はとても重要なのである。重要なのである。重要なのである。
「重要な会議って、ぶっちゃげ生誕祭のことなんですよねー?」
あんまり乗り気ではない態度で、ミューイ女史は呟く。
白いローブを羽織った彼女は、ミルドラン学園で魔法関係の授業を受け持っている女性だ。
彼女自身もこの学園の卒業生で、しかも修士学生を主席で卒業した才女。
王宮も学園も彼女には一目置かれた存在である……というのは過去の話。
現在では、才能にも容姿にも恵まれておきながら、だらしない性格と切ない胸事情により、絶賛婚期を逃しまくり中の残念なお姉さんだ。
しかし、不思議とエロジジイにはモテるご様子で、現にそのエロジジイの象徴であるマギー学園長のお気に入り筆頭候補と噂されているほどだ。
首下まで伸ばした金色の髪をめんどくさそうにいじくりながら、ミューイ女史は眼鏡越しの瞳で学園長の方をみる。
「うむ。間違いなくあの学園に対する魔族掃討隊の件であ――アイタッ」
白衣に包まれた女史のお尻においたしようとした学園長の右手を、彼女は無言で花柄にデコレーションされた長いネイルで摘み上げる。
「でも、もう大体の打ち合わせは終わってるんじゃないんですかー?」
「うむ。それか昨日のアルバイト募集の件じゃないかとおも――とぐはぁっ」
「あー、確かにちょっと唐突でしたモンねーあれー。でも、あんまり気にすることでもないような、ふあぁ〜……」
「これ、ミューイ君。そんな大口で欠伸など、はし――うひょうほっ!」
学園長と女史による世代を越えた仁義なき攻防が続く中。
徐々に徐々にと、この度の会議に呼ばれた人間達が入ってくる。
王国近衛騎士団団長・王国宮廷魔術師団団長・アーグトリ市長エクセトラエクセトラ……。
誰もが王国の重要なポジションを受け持つ大物たちだ。
学園長はともかく、流石のミューイ女史も姿勢を正した。
「“桃色猫”での一件以来ですな、マギー学園長」
恰幅のいい髭面のおじさんが、ニコニコしながらマギー学園長に近寄ってくる。
なお、“桃色猫”の説明は割愛させていただく。
「これはこれは、ジャイロック殿。お久しぶりでございます」
脂ぎった右腕を差し出すおじさん。
ちょっと触るのが嫌だったが、マギー学園長はしぶしぶとおじさんの手を握り返す。
「(ねーねー、このメタボった人なに?)」
小声で、学園長に耳打ちして問いただすミューイ女史。
「そうか、君は初めてお会いするのか。ジャイロック右大臣殿だよ」
べとべとする手が不快なのか、少しだけ眉のよった顔で教えるマギー学園長。
「やや。もしかしてこちらのお美しい女性はまさか……」
ようやくマギー学園長から手を離したジャイロック右大臣が、次に目を向けたのは学園長の隣に立つミューイ女史だった。
「ちっ」
見つかったといわんばかりに、舌打ちをかますミューイ女史。
幸いジャイロック右大臣は気付いていない。
「ええ、彼女がミューイ女史です」
逃がさなんと言わんばかり、マギー学園長が超反応で紹介する。
恨めしげに睨むミューイ女史にニヤリと白い髭を動かすマギー学園長。そんな彼は、死角になる位置で人知れず手を拭いている。
「おお、やっぱりそうでしたかっ! いやぁ、お噂に違わず美しく知的な女性ですなぁ」
脂ぎった顔を惜しげもなく女史に近づけるジャイロック氏。その息はちょっと臭い。
「……私のことをご存知なのですか?」
さり気に突き出していたジャイロック氏の右腕に気付かないフリをしながら話すミューイ女史。
背後ではマギー学園長が相変らず手を拭いている。
「当然ッ、とおぉぉぜんッ、ですッ、ともッ、ミス・ミューイ! 学園きっての才女と謳われた貴女が教鞭を執っていると聞けば、誰もが興味を持たずにはいられないでしょうっ!」
なんとか気付かせようと腕を差し出しながら、ジャイロック氏はミューイ女史を賛美する。もちろん、女史はその腕を無視しているわけだが。
「光栄ですわ、ミスター・ジャイロック。私も貴方様のことは兼ねてよりお話は伺っておりました」
ふふっと見る人が思わず蕩けそうな笑顔で返すミューイ女史。
だがその実、その表情も言っている内容も全くの嘘で固められていた。女って怖い。
「はっはっはっ! そうですッ、かッ、そぉぉぉですッ、かッ!! いやぁ照れますなぁ、あのミューイ女史に私自身のことに興味を抱かれていようとは」
この国の人間ならば右大臣である彼のことは知っていて当然なわけで、更には彼自身のことに興味があるとは一言も言っていないのだが、ジャイロック氏は周囲の人間達にも聞こえるような大声で叫ぶ。もちろん、腕は差し出されたまま。
「ミスターのことは別にどーでもよろしいのですが、数々の業務とっても大変ですわねぇ〜」
徐々に応対にめんどくさくなってきたのか、地が出つつあるミューイ女史。
しかし、一人勝手に浮かれているジャイロック氏は、その変化に気付かない!
「いやいや、これも祖国を思えばこそっ! 私は兼ねてよりこの国の安否を憂いておるのッ、ですッ、よッ!」
どうにかミューイ女史に気に入られようと、国務に対する己の姿勢を熱く語りだすジャイロック氏。唾が凄い。女史はマギー学園長を盾にガードする。
「ぶわっはっ!! き、貴様……っ! うげっおげぇぇぇぇ……っ!!」
油断していたマギー学園長は、思いっきり唾の洗礼を受けのたうち回る。が、ジャイロック氏は気付かない!
「そ、そこで何なのですが……ミス、もしよろしけば記念に握ちゅ……」
いつまでも気付かれることのない(と本人は思っている)差し出し続けている右手を、何とか握らせようと強硬手段に出たその時――
「国王陛下のおなぁぁぁぁりぃぃぃぃぃ……っ」
衛兵たちの仰々しい声と共に、会議室の扉が開く。
「あら、陛下がいらっしゃいましたね。続きのお話はまた機会があったときにでも…………永遠にねーけどよ」
「むぅ……致し方ありませんな。ではまた後ほど……」
とってもとっても悔しげに右手を戻し、自分の席へと戻るジャイロック氏。ミューイ女史の最後の言葉は聞こえていないようだ。
「まったく……君という奴は……うぎょっ!」
顔中をハンカチでゴシゴシ拭きながらマギー学園長は呆れた口調で、女史を非難する。
「すいませんー。ちょっとキモかったんでー」
あんまり反省していないような口ぶりで謝るミューイ女史。改めて尻を狙ってきた学園長の腕をつねりあがるのも忘れない。
「……もしかして金持ちの御曹司ってあのデブじゃないでしょうね〜?」
「そ、そんなわけがあるかいなー……あっはっは」
「ですよねー」
「その息子だよ」
「…………」
「あいてっ!!」
そんな二人のやりとりを尻目に、会議室の入口から三つの人影が入ってくる。
一人はもちろんこの国の主・エイマル13世。
しかしその体は重い病に臥しており、専用の車椅子にてご登場だ。
やや俯き加減であるため、残念ながら表情を確認することはできない。
その王の車椅子を引くのは一組の男女ペア。更にその後ろには、付き添いのメイドを数名従えている。
「(学園長ー、もしかしてあの二人って……?)」
その二人をみて何かに気付いたミューイ女史。小声で学園長に尋ねる。
「(ああ、“王の双剣”マルク王子とスーザン王女だ)」
「(おおーやっぱりー)」
マギー学園長と小声で会話しながら、ミューイ女史はちらりと二人を盗み見る。
なるほど! さすが王族というべきか!
地の文ですら驚きの美しさである。
透き通るような細いブロンドを、王子は短く、王女は腰まで長くなびかせ、その長い眉毛と睫毛は細く優美に。
陶磁器のような白い肌に、煌くブロンズの瞳。
月並みだが、まるで彫刻の世界から抜け出したかのような美しい二人であった。
「(間近で見たのは初めてだわー。へー、本当にクリソツなのねー……つーか王子超イケメンー☆ うへへっ……おっと涎が)」
ミューイ女史が適当なのかマジなのかわからない感想を思い浮かべながら、二人を目で追った。
しかる後、一番奥の机に位置した王を中心に、彼ら二名は左右にある椅子へと深すぎず浅すぎもせず優雅に腰掛ける。
これらの一挙一動で彼らの育ちが如何に高貴な環境で育ってきたのかが、否応なく伝わってくるというものだ。
高貴なる三名が席につくのを確認すると同時に、右大臣ジャイロックとは正反対に座っていたやせ細った姿の男性が立ち上がった。
左大臣イズマーである。
「こほん……それでは陛下もお出ましになられたことなので、本日の会議を始めたいと思います。本日の議題は、先の会議で残してしまった生誕祭の――」
「し、失礼しますっ!!!!」
バァァン!!!
いよいよ、退屈な会議が始まるとマギーとミューイが人知れずため息を吐きかけたその矢先、会議室のドアが勢いよく開かれた。
現れたのは一人のモブ兵士。
その顔は酷く青ざめていた。
「何事だ?! これより重要な会議が始まるのであるぞっ!!」
ジャイロック氏が、きちゃない唾を散らしながら、突然の侵入者に叱咤の言葉を叩きつける。
「はっ、も、申し訳ございませんっ! し、しかし今はそれどころでは……」
「口を慎まんか、貴様っ。重要な会議を『それどころでは』、だとぉお〜っ?」
眉間に皺をよせ、キモさが倍増しながらその兵士を睨みつけるジャイロック氏。
「貴様、事によっては王国裁判に……」
「よい」
血管がはちきれそうになりつつあったジャイロック氏に、静かで透き通る、しかし深みと威厳に満ちた声が割り込む。
「お、王子……」
口を挟んだのはマルク王子であった。
「そこの者。申してみなさい」
彼は再度、入口で頭を垂れる兵士に声をかける。
「は、はい……」
17歳というまだまだ若いその年齢にはそぐわぬ、全てを見透かすような王子の視線。
その眼窩に思わず萎縮しながらも、兵士はなんとか声を搾り出す。
「(さっすが王子ですねー。威圧感がやばーい♪ ちょーイケメンだしー、私ぃ〜玉の輿狙おっかな〜)」
つい身の程を弁えろと言いたくなるような発言をかますミューイ女史。
「(そら、第一王位継承者じゃからの。それよりも一体なにが……)」
いい加減たしなめるのも諦めたのか、マギー学園長は兵士の方に目を向け呟くだけに留まる。
「ほ、報告します……ま、《魔王》です! 《魔王》が侵略しにきましたっ!!」
「「「!?」」」
その兵士の言葉に、会議室にいた全員の空気が凍りついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
せまる生誕祭で、街全体がウキウキ気分のアーグトリ市。
街中に、国内はおろか気の早い大陸中の様々な人たちが、多く往来している。
茜色の空の下、昼とはまた違った活気がつき始める。
アーグトリ市西門。
門内側に設置された小さな小さな駐在所にて働く衛兵たち。
その中で一際大声で、なにやらやり取りしている影が二つ。
ダニエルとジョンソンだ。
二人とも階級は一等兵。新人気分も抜け、ようやく“組織”というものに慣れてきた男たちだ。
閉門の時間が迫っている。二人はあくせくとその準備に追われていた。
生誕祭が迫るとはいえ、比較的人の流れが少ないのがこの西門。配備についている人員はさほど多くない。
「おーい、ジョンソン。お前、今日の業務報告どこ置いたよ?」
その中で、王国支給の軍服に鉄製の鎧をしっかりと着込み、ちゃんと鉄兜まで被っているダニエル一等兵は机の上に置いてある書類をまとめていた。
「あー? 悪い、まだ書いてないわ」
外に出て、他に警備していた兵たちと西門を閉める準備をしながら、ジョンソン一等兵は答える。
彼も軍服・鎧姿だがダニエルとは違い、服はよれよれで鉄兜は被っていない。
「勘弁してくれよ、ジョンソンー。お前この間も報告書書き忘れてたろ? 俺、またマギレス隊長に巻き添えくらって大目玉なんてみたくないぞ?」
両手をあげ、うんざりポーズのダニエル。
そんな彼を見て、ジョンソンはバツの悪そう顔で頭をかく。
「あんときは悪かったって。だからこの間、ビールおごったんだろー」
「またやらかしたら、前以上におごらせるからなー! そっちの作業が終わったらさっさと書けよーっ!」
そう言い残し、再び作業に戻るダニエル。そんな彼を「神経質な奴め」と愚痴るジョンソン。
ダニエルとジョンソンは、入隊時からの同期だ。
何かと縁があるらしく、よく組んで働くことが多い。お互い隊内で一番顔を合わせている人物であろう。
そのせいあって二人はよく一緒に飲みにいく。当然他の隊員たちとも行くが、二人だけで行くことも多い。
そんな二人がよく行く店が、おさわりパブ《ピンクキャット》だ。今日も勤務時間が終わった後、この店に行く約束をしている。
「ふふ、今日こそ絶対ジョリーヌちゃんをデートに誘ってやるぜ〜♪」
ジョンソンはピンクキャットの中でも、五本の指に入る美女・ジョリーヌちゃんにお熱だ。
あの雌豹を彷彿するしなやかな肢体、エロティックな赤い唇、男を誘う上目遣い。彼は完全に愛の奴隷であった。
「前回は変なジジイとデブがジョリーヌちゃんをたぶらかしていたからな……だが今回はそうはいかねぇよっ」
くくく、と不敵に笑うジョンソン。今日の俺は一味違う。何てったって“秘密兵器”があるんだからな……っ。
ジョンソンは駐在所にある自分の作業机の引き出しに想いを馳せる。
そこには、彼のこれまで働いてきた給料で買った“愛の印”が入っているのだ。
「……と、来る人ももういないな。……よし、さっさと閉めて深夜伝説を作るとするぜ……ん?」
これから起こるであろう数々の愛の軌跡に思わず鼻血が吹き出そうなのをこらえつつ、ジョンソンは西門を閉めようとした。しかし、彼は何かに気付いた。
「……なんだこの音?」
ドドドドド……。
ジョンソンは西門の外へ耳を向ける。
遠くで何か小さな音がかすかに響いている。
「ドドド……? 蹄? いや……違う」
ドドドドドド……。
耳をすまして聞いていた音が、徐々に大きくなってくる。
「こっちに近づいてくる……っ」
不意によぎった嫌な予感に、バッっと後ずさるジョンソン。
脳裏では子供の頃から聞かされたあの単語が浮かび上がっていた。
『悪いことしたら魔王が貴様の醜い頭をカチ割って食っちゃうぞ〜☆』
「ま、まさか魔族……いや《魔王》ッ?!! だ、ダニエルッ!! ダニエルちょっとこい!!!!!」
ドドドドドドドド…………ッ。
必死の形相で相方のダニエルを呼んでいる間も、音は大きくなっていく。
「あー? どうしたジョンソン?? 西門まだ閉めてないのかよー?」
駐在所から、のほほんとした顔のダニエルが顔を出す。
「それもそうだが、大変だダニエル……っ! ま、魔王だ……っ!!」
「は? 魔王??」
のこのこと駐在所から出てきて、ジョンソンに近寄るダニエル。
「魔王ってお前……それっておとぎ話だろー」
「き、聞こえるだろ……? この音……」
「んー?」
慌てふためくジョンソンに、胡散臭そうな感じで耳を向けるダニエル。
ドドドドドドドドドドド……ッ。
「……なんだこりゃ? 馬か?」
「よく聞け! ひ、蹄の音じゃないんだよ……っ! 聞いたことのない音だっ!!」
徐々に近寄ってくる奇怪な音に、ダニエルの表情もようやく引き締まる。
「……なんてことだ」
「だ、だろ?! お、俺は門を閉めるから、ダニエルっ! お前は隊長に連絡をっ!!!」
「わ、わかった!!」
バッ! と駐在所にある通信機に走りだすダニエル。ジョンソンも同時に急いで閉門作業に入る。
「(こ、このまま間に合わなかったら殺される……っ!!)」
冷や汗をダクダクと流しながら、ジョンソンは内心恐怖に捕らわれていた。
折角、今日俺は伝説を作るっていうのにっ!
これから俺のサクセスストーリーが始まるっていうのにっ!!
俺様レジェンドが今、始まるっていうのにィィィ……ッ!!!
「く、くそっ!! 回すの逆だッ!」
動揺しきっていた彼は、門の開閉ハンドルの回す方向を間違えていた。
いつでもすぐに閉められるように、完全に開ききらせていなかったのが仇となる。
「や、やばい……っ!!! やばいやばいやばい…………っ!!」
ジョンソンが焦ってハンドルを回している間にも、音は最初と比べかなり大きくなっていた。
その大きさから、音の主はもう既に近くへきていることがわかる。
チラッと門の外を見ると煙が見えていた。
「ヒギィッ!!!」
広がる地平線の先から現れる巨大な一本の煙。この煙の量は馬数頭程度では出せるものではない。
「やばいやばいやばいやばいやばい……っ!!!!」
本能的な恐怖。
「キュッキュ、キュッキュ」とハンドルを回すジョンソン。
ようやく分厚い鋼鉄の扉が上から降りてくる。
「ジョンソン、隊長に連絡した!! 今、市民達を避難させながらこっちに向かってきてくれている!!
……って、まだ閉まっていないのかよっ!!」
自分達の隊長に報告を済ませて戻ってきたダニエルが、閉まっていない門をみて驚愕する。
「す、すまん!! 間違って……ひっ!」
「く……、そんなのはいいっ! 俺も手伝う!! 市内に入られたら最悪だっ!!!」
ジョンソンが汗だくになって回していたハンドルを、ダニエルも加わって回す。
既に音だけでなく煙もかなり大きくなっていた。
「まさか魔王が襲撃してくるなんて……っ! アールグレイに封印されてたんじゃないのかよ……っ」
悪態をつきながらも、ぐるぐるハンドルを回すダニエル。
「おお、半分まで閉まったぞ! これならなんとか間に合いそうだっ!! ……城壁の上のやつ等はなんだって?!」
焦りながらもどこか安堵した口調でジョンソンが叫ぶ。
城壁の上とは、アーグトリ市を囲む城壁の上で巡回をしているチームのことだ。
本来なら、彼らが外の様子を確認して内部に報告するのだが、今回に限ってはジョンソンのほうが《魔王》の発見が早かった。
「『煙が凄くてわからない』、だってよっ!!」
「ファアァックッ! 役にたたねぇ案山子どもめっ!」
「でも敵はそんなに多くないらしい! となると、魔王単身で突入かもしれねぇな!!」
「……シッ、あと一人もいりゃこっちからでも住民を誘導避難できるのに……っ!!!」
門の内側では、多くの人々が慌てて逃げ出しているのが見える。
ジョンソンに伝える前、ダニエルは隊長の命令で近くの住人に避難命令を出していたのだ。
「だ、だが門さえしまればなんとかなる……っ! この門はちょっとやそっとじゃ壊されない特別製だからなっ!」
門の隙間から見える煙はもうかなり近くまで迫っていた。
しかし、ようやくその門は完全に閉まりつつある。
間に合いそうだ。
「ああっ! その通りだジョンソン! この門は厚いだけじゃねぇっ! 魔力でさらに強化されているからなっ! いくら魔王だって入ってこれねぇよっ!!」
余談だが、アーグトリ市を囲む城壁自体は岩などで作られていたが、その周囲には強力な結界魔術がはられている。
各所に設置された結界装置を使い作られた結界は空高くまで伸び、空からの侵入も実質上防いでいる優れものなのだ。まず破られることはない。
ガチャァァァン……ッ!!
ジョンソンとダニエルの奮闘でなんとか門が閉まる。
「や、やったぞ!! 閉まったぞ、ダニエル!!!」
「ああ、やったっ! やったんだな、ジョンソン!!!」
既に勝利したかのように叫び、互いに抱きしめ合う男二人。
彼らの脳内では既に魔王も倒されているのであろう。
「と、こうしちゃいられないっ! そろそろ隊長も到着するころだっ! それに城壁側のやつが正体を確認してるかもしれんっ、どけっ!」
「ぶげっ!」
いきなり冷静に戻り、ダニエルはジョンソンを突き飛ばし、駐在所に走る。
「ててて……アイツ、結構いい性格してんだな……」
仰向けに倒れた体を起こすジョンソン。
閉じられた門の向こうからは、相変らず不吉な轟音が鳴り響いている。
「……と、やばいな。もうすぐじゃないか……」
パンパンと、体の土をはたきながら門のほうをみる。
そして油断なく腰に差した長剣に手を掛けた。
そんな彼の背後から本物の馬の蹄の音が聞こえてきた。
「あ、隊長!」
ジョンソンは背後から来る人物達に気付き振り返る。
そこには彼の予想したとおりの人物がいた。
「任務ご苦労ジョンソン一等兵! ダニエル一等兵は駐在所か!?」
馬の上からジョンソンを覗き込むのは、30代半ばと思われる髭面の軍人男性・マギレス隊長だ。
階級は中尉。
他の兵士とは色の違う軍服を着込み、詰襟をビシッと立て、その上から甲冑をきちんと着こなしている。
頭に被った隊長専用の鉄兜の中から覗く眼光は厳しく鋭い。
彼は緊迫した表情で、敬礼を向ける自分の部下に尋ねる。
「はっ! ダニエル! マギレス隊長がいらしたぞぉ!!」
駐在所から、連絡待ちに戻ったダニエルが現れる。
彼もジョンソン同様、マギレス隊長に敬礼をする。
「ダニエル一等兵! 魔王襲来の報告及び住人の避難命令ご苦労であった。現在ほとんどの住人が各避難場所へ待機しつつあるっ」
「はっ! ありがとうございます、隊長っ!」
「して、この轟音が……」
馬上から厳つい顔を門の方向へと向けるマギレス隊長。
その顔には深い険ができていた。
「確かに、馬の音ではない……なんだ、この音は……? 信じられん、本当に魔王だというのか」
部下には聞こえないような小さな声で呟くマギレス隊長。
とはいえ、信じる信じない以前に“脅威”が迫っていることには変わりない。
「まぁいい。全員、西門入口を中心に展開! 私は壁上にいる隊員たちに合流する! ダニエル一等兵は駐在所で通信役として待機しろ!」
「「「はっ!」」」
ダニエル、ジョンソン、そしてマギレス隊長に同行してきた兵士達が一斉に頷く。
それを聞いたマギレス隊長はそのままパカラパカラと城壁に上がれる階段へと向かう。
「結局、煙の正体ってわかなかったんだよな?」
通信機のある駐在所へ向かう前にダニエルは、ジョンソンにそう訪ねられた。
「ああ、やっぱり煙が大きくて中身が見えないってよ。これはガチで当たってみないとどうしようもないんじゃないか?」
「なるほど……一体どんな奴なんだ魔王って……」
「ま、そんなに不安がるなよ、ジョンソン。まだ絶対に魔王って決まったわけじゃねーし。
……それに俺らには超強力な城壁があるじゃないか。あとは後ろから包囲して、ブチ倒せばいいんだよ」
「そうだよなっ! 俺達には絶対壊されない強力なか……」
「はい……ぁぁぁぁぁぁぁ……………ついりゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………っ!!!!!!」
ジョンソンが大笑いして話す最中に、何か小さく叫び声が聞こえた。
「「「え?」」」
その声に思わずジョンソンたち兵士全員が、閉められた門のほうへ目を向ける。
「つ…っ、…きっ、さァァ……ァァァ…ァァァァァァァァァァツッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
謎の叫び声が聞こえるや否や、激しい衝撃が周囲に激しく響き渡る。
どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん………………っ!!!!!
破壊の爆音が轟き、門が“破壊”される。
その破壊の衝撃は留まることを知らず、門周辺に展開していた兵士達もまとめて思いっきり遠くへ吹き飛んだ。ゴミのように。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!!!!!」
ジョンソンやダニエルたちも例外ではなく、吹き飛ばされ地面に何度かバウンドし、つっぷした。ゴミのように。
「う、ぐぁ……な、なんだ……」
地面へ叩きつけられたダメージで、遠のきそうになった意識を辛うじて引きとめ、ジョンソンは周囲を見渡す。
すべての兵士達が例外なく、地面に倒れ、そのほとんどが意識を失っている。相方のダニエルもピクリとも動かない。
そして、衝撃のあった城壁に目を向けると、信じられない光景が広がっていた。彼は震え、大きくその双眸を見開いた。
先ほどまで褒め称えていた門は跡形もなく、城壁にぽっかり巨大な穴が開き、煙の奥から外界へと繋がる荒野がその姿を覗かせていた。
「これが……、魔王……っ、……じょ、ジョリーヌちゃん………………」
広がる土煙の中、ジョンソンはすべてに絶望し、そのまま意識を失った。
彼の“愛の印”があったという駐在所もまた、城壁と共になくなっていた。
<第6話へ続く...>
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