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◆◇◆ 五津井☆奮戦記・第一部「旅立ち編」 ◆◇◆


【第ニ章「魔王と生徒と食い逃げ犯」】


●第7話:「さらば彼女は鳥になる」


 友人達の悪質な羞恥プレイから逃げ出したウリーは、気がついたら本校舎の裏側にいた。

 円錐型の本校舎の裏には、学園所有の小さな森が広がっている。
 そしてその森への入口付近には湖。これもまた学園所有だ。

 ここは憩いの場として、休み時間等に生徒達によく利用されている場所の一つである。
 その証拠に、ところどころに椅子や机が設置されている。

 恥ずかしさと走ったのとで火照った体を涼ませるため、ウリーは湖岸付近の椅子に腰掛ける。
 小さく波打つその湖面は、満天の夜空を美しく反映し、幻想的な光が帯びる。
 湖岸から吹きかける小夜風は、都市襲来の事態を忘れさせるほどに穏やかで。
 頬を撫でる湖畔の息吹に目を細める。だいぶ落ち着いてきた。

「ふぅ……」

 小さく息を吐き、椅子の背もたれに仰け反るよう身を預ける。
 別に股間のマグナムを沈めたわけではない。
 天を仰いだその視界には、煌々と輝く星々が映る。いとあはれ。

「何やってるんだろ、僕は……」

 自分の行動を振り返るウリー。
 再び自分の醜態を思い出し少し頬を赤くする。どうしようもなく大失態だ。

「コーリもコーリだよ……酷すぎ」
 体育館でのコーリの態度を思い浮かべる。
 種明かしがわかる前までは本当に落ち込んでいたようにウリーには見えた。
 だからウリーは彼女に元気になってほしくて頑張っていたのに……。

「あれも全部演技だったのかな……」
 そうだとすると、女はマジで怖い。
 物理的とかそれ以上に、芯の底からマジで怖い。冗談抜きでガチに人間不信になってしまう。

 それでも、ウリーには全部が全部演技だとは思えなかった。
 少なくてもドルージたちがウリーの背後に現れるまでは本当に落ち込んでいたんじゃないだろうか?
 そうじゃなければやってられない。
 余裕のヨシツネで信じられなくなる。ヨシツネに罪はない。

「だとしても、慰めたのはドルージか」
 もしコーリが本当に落ち込み、僕の滑稽な姿で元気になったのなら、それは全てドルージのおかげであろう。
 僕はあくまでもそのためのピエロになったに過ぎない。
「(いや、別にいいんだけどー。コーリを慰めた奴がドルージだって全然いいんだけどー)」

 でも、あれなんだよ。

 なんていうの? 最初は僕が元気付けようと頑張ったんだよ? でもそれを外側からあっさり利用されたんだよ?
 漁夫の利なんだよ? だから納得いかないだけなんだよ?

 なんか努力を横取りされて悔しいじゃないか。うん、そうだ。それだけだ。

「…………アホらし」
 ゴロンと今度は、手前にあった円形の白い机に突っ伏す。うわーだりー。まじだりー。

 この場所は……とても心地よい。
 大半の生徒にとっても同じであろうが、ウリーにとってこの時間帯にこの湖へ来るのは生まれて初めてだった。

「なんとなく予想はしてたけど……夜のこの場所って結構いいなぁ〜……」
 もやもやする気持ちを、右へ左へとごろごろと体を動かせることで紛らわせながらぼやく。

 コーリとはアーグトリ市に来てからの付き合いだ。
 もうかれこれ14年以上経つ。

 まだまだ赤ん坊のころに引っ越してきたので、ウリーは自分のうまれ故郷のことは全く覚えていない。
 ただ、両親がいうには魔力の源となる力が豊かな大地だったらしい。
 十分アバシア大陸も豊かな土地であると思うが、彼の故郷はそれ以上だとか。

 だが、あくまでも人づてに聞いた話でしかない。
 ウリーにとっては物心つく前から育ったこのアーグトリが故郷なのだ。
 そして、コーリとはその頃からの友人で、幼馴染だ。互いの両親が仲良いおかげで、二人はよく一緒に遊んでいた。
 最初の頃はあんまり打ち解けられなかった気がしないでもないが……。

 それでも、いつもずっと一緒にいた気がする。
 学園に入り、一時期クラスが別れていた時期は多少会う機会が減ったりもしたが、顔を合わせない日はほとんどなかった。

「………………」

 手前に設置された木製の机にぐったりと突っ伏しながら、顔だけを湖に向ける。
 その表情はどこかふて腐れ、膨れていた。

 あまり人付き合いが上手いとはいえないが、ウリーにもドルージを始めとした同性の友人ができてきた。
 誰とでも仲良くできるコーリならばなおさらだ。
 それでも自分達はよく一緒に下校したり、遊びに行く。これぞ幼馴染といわんばかりに。

 コーリのことは嫌いではない。
 好き嫌いで言えば、間違いなく“好き”。
 だが、それは異性としてなのかがわからないし、あまり考えたくもない。

 考えてしまったら僕は――

「…………やめよ、アホらし」
 そう一人ごちりながら、顔を学園側の方へ移動しようと振り向いた時。

「え?」

「あ……」

 彼の視界に、青い大きな瞳が映る。その瞳にはびっくりしている自分の顔。
 コーリ=シュークだった。

「うわっ!!」「きゃあっ!!」

 ちょうど考えていた相手が突然目の前にあったのだ。びっくりするなというほうが無理な話である。
 ウリーは度肝を抜かれて後ずさり、その勢いで椅子からずり落ちる。

 普通なら『このまま地面に倒れこんで抱き合う二人、しかる後ドッキーン!』な流れなのだが、案外そうも行かなかった。

 椅子からすべり落ちるウリーの両足は、超至近距離まで近づいていたコーリの体をとっさに両脇から挟みこむ。
 だがしかし、ずり落ちる重力と慣性には逆らうことができない。
 強くウリーの両足によって掴まれたコーリの体は上方へと誘われ、そのまま抵抗できずに浮き上がる。

 そして、ウリーの両足が地面から垂直になるあたりで、コーリの体がするりと抜ける。
 当然勢いなど殺すことなどできず、離れたコーリの体はそのままのスピードで飛び上がり、舞う。

 その先には湖。

 さらば彼女は鳥になる。

「きゃあああああああーーーーーーーーー…………………っ?!!!!」

 ばしゃーーーーーーーんっ!!!!

 見事としか言いようのない美しい軌跡を描き、コーリは湖へと突っ込む。

 頭から。

 モロに。

 それはもう勢いよく。

 ちなみに、神業をかました当のウリーというと、思いっきり地面に後頭部をぶつけ意識がいい感じに吹き飛びかけていて、正直それどころではなかった。

 ………………………
 ………………
 ………
 …

「ご、ごめん……ホンットごめんっ! だ、だからずっとそこにいないで頼むから出てきて……っ」

 湖畔での見事な投げ技が決まってから数分後。
 ウリー=コスター氏は後頭部に大きなたんこぶを作りながらも、その場でしゃがみ込み頭を下げる。土下座という奴だ。

「ぶくぶくぶくぶくぶく…………」

 ひたすら頭を下げ続けるウリーの先には、学園所有の湖。
 そしてその湖岸近くの水面には、顔の半分だけをだし、ぶくぶくと泡を出し続けるコーリ=シューク女史。
 湖面から覗く顔の上半分は、明らかに怒りに満ちている。

「あ、あれは不可抗力だって……いきなり後ろにコーリがいたんだし、そりゃびっくりするって……っ!!」
「ぶくぶくぶくぶくぶく…………」

 コーリは依然出ようとしない。
 ただただ泡を立て続けその青い瞳でウリーを睨めつけているだけだ。その視線がたまらなく心に痛い。

 余談だが、学園の湖は事故に備え、湖岸付近はそこまで深くない。
 地面に足をつけて立てばまず溺れることのない水深だ。

 閑話休題、ちゃらっちゃ〜。

 ……擬音に深い意味はない。

「ゴメン……っ!! ホンットゴメン!! 悪気はなかったんだけど本当にごめんっ!!!」

 実のところ、ウリーはなんでここまで必死に謝っているのかちょっとわからなくなってきていた。
 しかし、それでも謝っておかないといけないという衝動に抗うことなく謝り続ける。

 なんで、コーリが自分の後ろにいたのか?
 なんであんなに近くまでコーリがいたのか?

 なんかとってもおいしいシーンだった気がするのだが……それも今となっては過去の話。
 残念、旗はもう折れているッ。

「ぶくぶくぶくぶくぶく…………」

 コーリは相変らず水面から顔の上半分だけだして睨んでいる。
 なにこの生物、あらやだ可愛いとか思ったが、それどころではない。

 自分は間違いなくやらかした。
 それだけは、さっきから後頭部のズキズキが止まらないウリーでもわかっていた。
 なんとかしてこの状況を好転させなくてはならない。

「ほ、ほらコーリ。手、貸すから……ね?」
 このまま謝り続けても埒が明かないと思ったウリーは、コーリの元へ手を差し伸べる。
 最初からそうしろよというつっこみはない方向で。

「………………」

 目の前に差し出されたウリーの右手を見つめると、コーリはひたすら泡を生成するだけの作業を止めた。よし、いけるかっ? いけるのか?!

 そう、心でガッツポーズを握ろうとした矢先。
 いきなりその右手に引力が発生した。

「え?」

 抵抗する間もなく、ウリーは湖の中へと引きずられる。

 ばしゃーーーーーーーんっ!!!!

「う、うわぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ…………………っ????!!!!!????」

 情けない悲鳴を上げながら、湖の中へ落ちるウリー。水しぶきが上がり、一瞬だけ夜空の星が増える。
 水面の中で少しだけぶくぶくした後、勢いよく頭を水の中から引き上げる。

「ぶはっ!! ……っ?! ……っ?!!」

 突然の出来事に動揺しながら、ウリーはキョロキョロ周囲を見渡す。
 なんとか落ち着いてきたウリーの視界に入ってきたのは、意地の悪そうな声で笑っているコーリの顔だった。

「くくく……これでウリーもびしょ濡れねー。ざまぁみろ。くくく……」
「こ、コーリ……君なのかよっ!!」

 ようやくウリーは自分を湖に引きずり下ろした犯人の正体を知る。
 あのブクブクは彼に対する罠だったのだっ!

「あはは、これでおあいこよねー。さっきのことはこれで許してあげよう」
 えへん、と得意げに目をつぶるコーリ。
 ウリーは完全に遊ばれていた。

「コーリ、意地が悪すぎ……」
 額にくっつく前髪をどかしながら、ジト目でコーリを睨む。

「だってウリー。あんたがいきなり豪快に投げてきたんでしょー? スイングもスイング、フルスイングよ! 軽くHeaven's door見えたわよ! もし湖じゃなかったらどう責任とってくれたつもりよ??」

 細く整った眉を逆八の字にして、ずいっとウリーを覗き込むコーリ。
 その顔はウリーと同じくびちゃびちゃに濡れていた。

「う……で、でもあれは後ろにいたコーリがいけないんだろっ! いきなり後ろにいたら誰だって驚くよっ。何しようとしてたのさっ」
 このまま押されてはかなわんと言わんばかりに、ウリーは反論する。
 ぼ、僕は無実だ。イノセントだ!

「え……い、いやあれは、別に『寝てるウリーを脅かしてやろう、ついでに湖に落ちたら最高よね』なんてそんなこと思ってないわよっ」
 面白いぐらいに、というよりむしろワザとなんじゃないかと思えるくらい自分の所業を暴露するコーリ。
 ウリーの反論は意外にも効果があったようだ。

「脅かそうって……君はいつも人をびっくりさせるのが好きだよねぇ……まぁ、実際湖に落ちたのはコーリだけど」
 やっぱりそんなことか、というか僕今立場逆転した? そう思いながらウリーはジト目のままコーリを見つめる。

「う、うるさいなぁ。これでも、さっきウリーを笑ったこと……流石にちょっと悪かったなぁって」
「…………」
 一瞬、自分が有利になったことに歓喜の声を心の中であげたウリーだったが、それはどうやら甘かったみたいだ。

「ほら……一応そのウリーが必死に慰めようとしていたでしょ……? それを皆で笑いものにしちゃったから落ち込んでるかなって……」
「………………」

 些細な悪戯が見つかってバツの悪くなった子供のように、ちょっと赤くなりながら話すコーリ。
 そんな彼女にウリーは何もいえなくなる。
 コーリ……それずるい。

「…………」
「…………」

 沈黙が二人の間に流れる。
 しかしそれは、沈黙は体育館のときとは違う、歯がゆさMAXなタイプの沈黙だ。

「あのさ……さっき、本当に私怖かったんだ……」

「え?」

 しばらく沈黙が訪れていたが、今回もそれを破ったのはコーリだった。
 彼女は少しだけ困ったように首を傾げて、

「魔王ってずっと伝承の存在だと思ってたから。もしそんな危険な相手が本当に皆に襲ってきたら、父さんも母さんも、ウリーもウリーのおじさんもおばさんも、友達や知り合いが、みんなみんな殺されちゃうんじゃないかって……」

 一瞬前までの明るかったコーリの顔に影が降りる。
 月明かりによる光が原因でないのは明らかだ。

「で、でも、魔王って決まったわけじゃないでしょ? それはただの噂だよ!」
「うん、確かにそう、だよね……」

 ウリーの言葉に小さく頷くコーリ。
 なんとなく、体育館のときと同じことを繰り返しているな、と思った。

 ただ、それでも、そんな自分が周りから滑稽に見えても。
 コーリには笑って欲しいと思ってしまったのだ。

「も、もしかしたら、ただの食い逃げだったりするかも? お腹減って猛ダッシュして城壁にタックルしただけとかっ!」
「ぷっ、なにそれ、意味わかんないわよ」
 ウリーの意味不明なフォローに呆れながら、コーリは少しだけ微笑む。

「でも、ダメよね、私って……、ウリーに心配かけすぎちゃった。ウリーも皆も怖かったハズなのに……ごめん」
 ペコリと頭を下げるコーリ。垂れたエメラルドの前髪が湖面に浸かる。

「いや……いいんだよ……ごめん。僕もコーリがそう思っていたのに気付けなくて……」
 ウリーは自分に恥じていた。
 幼馴染として長年付き添っていたコーリの気持ちは自分が一番わかっていると、どこか慢心していた。
 しかし、昨日は彼女の真意に気付けず、今日の体育館では彼女の不安の元を取り去ることはどうしてもできない。
 ウリーは急に、自分の愚かさに恥ずかしくなるのとコーリに対する申し訳なさとに、その胸中がいっぱいになる。

「コーリ……」

 頭を下げ続けるコーリに思わず手を伸ばそうとした瞬間――
 コーリは勢いよく頭を上げる。

「さっ、しんみり話はこれで終わりっ! あんまりウジウジしててもウザいだけだよね! それじゃこれでお互い恨みっこなしってことで……って、どうしたのウリー?」
 目の前で中途半端に両手を突き出して固まっているウリーに、怪訝な表情で尋ねるコーリ。

「あ、いや……なんでもない……なんでもないんだ……はは」
 そんな間の悪いことこの上ない状態のまま、引きつった顔でウリーはそう答えるしかなかった。

「? そう? ならいいんだけど。じゃ、皆も心配してるし、服も乾かしたいし、戻りましょ」
 そう言って、ザブザブと地面に這い上がろうとするコーリ。
 そんな彼女を見ながらウリーは自分の行動に驚いていた。

「(ぼ、僕はいま何をしようとしていた……?)」

 中途半端に突き出した両手を見て、さっきの自分の行為を振り返る。

 ザ……ザザ…

 自分の心情をさらけ出し、目の前で謝るコーリ。
 彼の知るコーリは、いつも強気でポジティブな印象だった。
 どんなことがあっても突き進む芯の強さを彼女は持っていた。

 ザザ…ザ……ザザザ…

 そんな彼女をどこかウリーは羨望の眼差しで見ていた。
 彼女は自分にはない強い光をもっていたから。

 ザザザ……ザ……ザザザザ

 例えるなら太陽!
 いや……夜の闇を照らす街灯かも? ちょっとギャップがひどいけど。

 そして僕はその光に群がる小さな羽虫。
 気づかないで顔を突っ込むとエンガチョになるアレだ。

 そんな彼女に彼は惹かれ、いつも一緒に行動していた。
 ああ、でもやっぱり太陽のほうが素敵な例えかも。

 だから、彼女のことは自分が一番知っていた。いや知っているつもりだった。

 ザザザザザザザザザザザザ…………

 いつの間にか湖面が揺れる。
 自分の感情の高ぶりにあわせてその波は大きくなっている。

 視界に移るコーリはいつの間にか自分を見つめている。
 彼女はウリーの名前を呼んでいた。

 やっぱり彼女は太陽、花で言うなら向日葵か。夜の街灯はやっぱなし。
 僕はそんな彼女から薫る陽だまりの匂いが好きだった。

 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……………ッ

 コーリは焦ったように湖に戻り、ウリーへと近寄ってくる。

 波はさらに大きくなる。
 心の奥底から力が沸いてくるような感覚。
 空気が震えている。

 そうだ、彼女が安心できるように。その輝き続けられるように……。
 目の前で笑うコーリが、愛しくて仕方なかった。オーユーアープリティ。

 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……………………ッ

 耳元で水が激しく跳ね上がる音がする。
 これは僕の高ぶりが生み出した心の音。

 心の臓は激しく波打っているッ。

 目の前にコーリの顔が広がる。

 愛しい幼馴染。

 いや、僕の……。

「コォォォォォォォォリィィィィィ……ッ!!! す……ッ!!!!!」

「食い逃げじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………っ!!!!!!!!」

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………………っ!!!!!!!!

「おぶはぁっ!!!」

「ウリーーーーーーーッ????!!!!!」

 世界が反転した。


<第8話へ続く...>


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