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【第三章「邂逅! 恐怖の赤ふん漢ッ!」】
●第9話:「交錯! 蒼と朱の閃光!」
「な、なに、今のっ?!」
コーリが動揺した声が辺りに響く。
「と、というかこれって……布?」
ウリーも同様に慌てた様子だったが、その目は先ほど視界をよぎった赤い閃光の先を辿っていた。
そこには何やら赤い物体が滞空していた。
よく見ると、それは布のように思える。
それは夜風に揺られ、ひらひらとたなびいている。
ウリーがその正体をより詳しく確認しようと顔を近づけると、その布らしき物体はしゅるしゅると飛んできた方向へ戻っていった。
「ち……仔猫ちゃん二人にかまけて、危うく本題を忘れるところだった……大丈夫かい、ハニィィィーズ?」
忌々しく五津井は赤い光が飛んできたほうへと睨みつけ、次にウリーとコーリの容態を確認する。
「ぷっ……こ、こんなときにも……ッ」
「だ、だから僕はおと――」
「来るぞっ!! 二人とも立ち上がれっ!!!」
「うわっ!」「きゃっ!!」
叫びながら、二人を立ち上がらせる五津井。その声は真剣そのものだ。
ぎらりッ!
油断なくゴツイカリバーを森の奥へと向ける五津井。
濡れてしっかり重くなっているはずのボロボロのマントが、闘気かそこらの事情で大きく揺れる。
「だ、だからなんなんだよ、一体……?」
「う、ウリー。あ、あそこに、誰かいる……ッ!」
愚痴をこぼすウリーに、コーリは自分の視線の先を指差して話しかける。
「来たか……」
「え?」
五津井の言葉と同時に、ウリーはコーリの指差した先――つまり、先ほど赤い閃光が走ってきた場所を見て驚く。
「てめぇも大概しつけぇ奴だ。この変態赤ふん野郎……ッ」
そこには一人の漢(おとこ)が立っていた。
男ではなく漢だ。
ガタイのいい、鍛えられた肉体を惜しみもなくさらけ出しているスキンヘッドの中年男性。
その肌は、対峙する五津井以上に日に焼け、夜にも関わらず不気味に浅黒く光り放つ。
覗かせるは、猛禽類を彷彿させる鋭い眼光。
背は高く180cmは余裕で超えていた。
――そして赤い憤怒死(ふんどし)。
股間を覆うその赤い布の先端が、不敵になびいている。
「あ、赤ふんて……」
あんぐり口をあけるウリー。もちろん、その淫靡な姿にドキマギしているわけではない。残念ながら。
そう、見間違えでないのなら、あの赤い布が先ほど彼らを襲った正体だったからだ。
「ようやく観念したようじゃな、お主」
赤ふん漢が、厳かに口を開く。
静寂の中に確かにある怒気。
滲み出るそれは、深く大気を震わせるよう。
この圧迫感。尋常では非ず。
「うるせぇ、奇跡の変態露出クソ親父。観念したんじゃない、てめぇをブチ倒す覚悟ができただけだっ!」
「ほおぉ?」
赤ふん漢にゴツイカリバーの切っ先を向けながら、五津井はニヤリと口の片端を吊り上げる。
そんな五津井の剛毅な態度に赤フン漢は、心底興味深げに片眉を小さく動かした。
「(二人とも……、俺がまず奴に仕掛ける。その間になんでもいいから牽制して、強引に奴の隙を作ってくれ)」
視線は相変らず赤ふん漢にロックオンしたまま、五津井は小声でウリーとコーリに話しかける。
「(え? ええ? 仕掛けるって……ど、どういう……?)」
「(って、な、なんなの? この変態男って魔王なのっ?!)」
五津井の物騒な提言に、当たり前だが二人は状況の説明を求める。
確かに、あの赤ふん漢はどう見ても変質者。
でもそのことは、五津井にも当てはまる。
「(魔王……確かに、奴はそう言えないこともない。お前らも見ただろう? 奴が水面を疾走している姿を)」
「(そういえば確かに……)」
「(いや、アンタも水面走ってたからね?)」
五津井の言葉に躊躇が拭えない二人。
だが、どちらにせよウリーたちにとって目の前の赤ふん漢は《魔王》、もしくはそれに匹敵しうる“脅威”だということだけは理解した。
「おしゃべりはすんだかいのう?」
そんな対峙する三人を黙って見つめていた赤ふん漢が語りかける。その雰囲気には余裕すら伺えた。
化け物の尻尾の如き赤いふんどしは、ゆらりゆらりと妖しく蠢き、まるで獲物を捕らえようと待ち構えているようだ。
「抜かせッ。てめーをブッコロしたあとに熱い夜をどう過ごすか話してただけだよッ!」
「それはないから! というか僕は女じゃないのに……」
「うん、それだけは勘弁。ま、それはそうとして今度ウリーには私のお古の服あげるけどね!」
「…………」
「いくぞッ変態赤ふん野郎っ!!! ハイパァァァァ五津井流ゥゥゥゥゥウゥゥウ……ッ!!」
背後に立つ魔法学生二人の言葉を、五津井は華麗にスルー。
ゴツイカリバーを正眼に構え、その刀身に力を込める。
それだけで刀身は白く輝き始め、大気は大きく震えだす。
「えっ? な、なにこの力……ッ?!」「魔法?! い、いや、これは……ッ?!」
「ほお〜? 心地よい闘気じゃ……これは思ったよりも楽しめそうじゃ。……のう、若造?」
ゴツイカリバーから溢れ激しく震える光と、彼自身のが纏うオーラに、三者三様の感想が飛び交う。
「(いくぞ、お嬢ちゃんたちッ! 今から魔法を唱えてくれッ!)」
「(え? あ、う、うん)」「(だから僕は――)」
「いくぞ変態ぃッ! 奥義――≪追・劇・殺≫!!」
白光のゴツイカリバーを垂直に振り下ろし、地面に突きさす。
そして、突き刺した部分を軸にし、五津井の体が前方に飛ぶ。
「ぐるぐるぐるぐるっぐぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜! あ、ほいっとなぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」
前方へ飛び出す勢いを殺さず、両踵を鎌のように振り下ろしつつ地面に着地、しかる後、高速で剣を前に振り下ろすッ、そして――最初に戻るッ!
このループにより、五津井は一つの大車輪と化し、赤ふん漢へと吶喊しながら突貫した。よい子は真似しないように。ちなみに吶喊とは大声を上げることだ。詳しくはお母さんにでも聞こう!
「な、なにあれ……?」
剣術とかとは明らかに無縁そうな五津井の必殺技(?)に唖然とするコーリ。
だが、その腕は五津井の言いつけ通り、魔術の式を組み立てている。
五津井は爆音を立て、大量に噴出す土煙を引きつれ赤ふん漢に激突する。
「ぬ? ぐむううううううううう……………………ッ!!!!!!」
やや焦った声の赤ふん漢。
「ぐるぐるぐるぐるぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜! イヤッヒィィィィィィーーーーーーーーーーッ!!」
ぎいいいいいいいいいいいいいいいんんんんん……ッ!!!!
まるで、超高速の回転のこぎりが大木を切るような甲高い音が鳴り響く。
赤ふん漢は、両手をクロスして、その猛攻を正面から防いでいた。緋色の火花が、その接触面で絶え間なく散る。
しかし、五津井の生み出す凶悪なまでの突進力に、耐え切れず徐々に徐々にと後方へ押されていく。
よく見ると両腕の手前には赤いふんどしの布。素手と布で高速回転する剣をガードしている不思議な現象には誰も突っ込まない。きっと仮に答えたところで誰にも理解できないだろう。
「馬鹿なッ、わ、我が追劇殺が、防がれるだと……ッ?! あり得ぬ!! あり得ぬぞぉ!?」
相当に自信があったのだろう。
五津井の口調には、焦燥と驚嘆の色がほどよくブレンドされていた。
「年季の違いじゃあ……ッ! あまり年寄りを馬鹿にするではないぞ、若造ッ!! ケツの色がぁぁ、青いんじゃよおおおおおおおお!!!!」
閃光と火花が散る中、五津井と赤ふん漢の怒号が叫び合う。
「ちぃっ! 思ったよりはやりやがるな赤ふん! だがッ! この俺様のッ! 華麗なるゥッ! 剣戟にィッ! ついてぇぇぇぇぇ、これるものかよォォォォォォォッ!」
このままでの追劇殺でのごり押しは無駄だと判断した五津井は、すぐさま構えを解く。
そしてその技の慣性を引き継いだまま、激しい斬撃へと果断なくシフトした。
どうやら五津井はウリーたちに援護を頼んでおきながらも、結構この技で止めを刺すつもりのようだ。連係プレーも伏線も全てパーであった。
「なんだ青二才! その程度なのかッ?! 欠伸を通り越して口から屁がでるわぁッ!!」
ギンッギンッギンッ! ブフォッ!
四方八方から来る無数の閃光を、妖怪赤ふん漢はなんなく腕と赤ふんの布を操り巧みに防御する。ついでに屁も出た。宣言どおりである。
「く……その小汚ねェ布は飾りじゃねぇようだな……ちっ、だがまだまだぁぁぁぁあぁあああぁぁぁ……ッ!! つかくせえええええええええええええ!!!!」
「『小汚い』? 『臭い』ぃ? ほほお? ワシの家宝に対してそのような暴言とな? これでも毎日欠かさず手入れしておるわぁッ!!」
ずばばばばばッ! ブフォォッ!!
五津井の言葉に多少憤慨した赤ふんは、防戦に徹していた立場から反撃に転じる。ついでにまた屁が出た。こちらは宣言になかった。奇襲っぺである。
最初にウリーたちを襲ったときのように、赤い布の先端がまるで蛇のように鎌首をもたげ五津井を油断なく狙う。
更にその間を縫うが如く、赤ふん漢の拳と蹴りが嵐のように襲っていた。
「ぐっ?! か、早ぇぇ臭ぇぇ……ッ! つか臭いのはふんどしのほうじゃねぇぇ……ッ!!」
その隙のない赤ふん漢の猛攻を、なんとかゴツイカリバーでクールに凌ぎつつ、五津井は反撃の機を待つ。
決着にはまだまだ時間がかかりそうだ。
そんな彼らの脇で、状況把握も蔑ろに二人の魔術師たちが魔法発動の準備を行っていた。
この世界において、魔法は二段階の過程を経ることによって、その力を発動させる。以下長いので省略可である。
まずは、《術式》の構成。
自らが内に秘めたる精神力を外界に干渉させることにより、大地に散りばめられた《マナ》の、非常に伝導率の高い導体を生成することができる。
その導体を、術者が発動したい魔法に沿った魔方陣に組み立てる。いわば回路のようなものだ。それは一般的に《術式》と呼ばれている。
《術式》には、ただ決められた魔法回路のテンプレート以外にも、発生させる座標や、《術式》に注入する各属性《マナ》の量、その他様々な要素も構成して初めて完成する。
ある程度はフィーリングで行うことも可能なのだが、魔法の精度を上げるにおいてその《術式》構成力は必要不可欠である。
そのため、魔法使いには数学的な知識と能力が必要とされるのだ。
こうして作られた《術式》は、輝く線で描かれた回廊が術者の目の前に現れる。
次に行うのは、《術式》への《マナ》の注入作業だ。
先ほども簡単に触れたが、《マナ》とは大気に浮遊する生命力のことを示す。
基本的に目で見ることのできないエネルギーであるが、それは確実にこの世界に存在している。
この世に生きる生命体たちは、知らずして《マナ》を吸収し生きる力を得ているのだ。
《マナ》が豊富な大地ほど、草木はその成長を促進し、動物たちは病や怪我に対して強くなる。
また、これらの《マナ》には全部で五つの種類が存在している。
《マナ》は色によって判別できる。《マナ》は《術式》を介すことでその本来の色が現れるのだ。
紺青ならば、「風」の《マナ》
紅色ならば、「炎」の《マナ》
金色ならば、「土」の《マナ》
純白ならば、「金」の《マナ》
漆黒ならば、「水」の《マナ》
この五つの《マナ》たちを単体・あるいは複数使用した末に魔法は完成する。
ちなみに、先ほどのコーリが放った爆発の魔法“ブラスト”は、炎と土の組み合わせで出来ている。
《術式》で設定された量の《マナ》たちは、式の外周より注入され、回廊を通り、術式の中心にある《発動点》へと向かう。
やがて全ての回廊がマナにより埋まり、最後に球状の《発動点》部分が完全に満たされることで、初めて魔法はその力を発することが可能となるのだ。
そして、マナが全体に満たされると《術式》は強くその魔法のメインとなる《マナ》の色に輝きだす。
“ブラスト”の場合は、メインとなるのが炎属性のため、その術式は赤く光るといった具合だ。
輝き出した《術式》はしばらくの間、その状態を任意で維持することができる。
あとは発動のキーになる言葉(《術式》の中に予め《発動キー》を設定しておくことが必須。これがない場合は《マナ》が満たされた瞬間に発動する)で、魔法が放たれる。
もちろん、攻撃魔法以外にも回復魔法を始めとした特殊な魔法も存在するが、ここでは割愛する。
五津井が赤ふん漢と激突している間、ウリーとコーリはそれぞれ得意な魔法の術式を組み上げる。
魔法発動の早さには、術式を組み立てる速度と、効率よく無駄のない回廊を組んでマナが染み渡る時間を短縮するテクニックが関係する。
有名な魔術師のお家柄で且つ勤勉な性格のコーリは当然、その発動にかかる時間は少ない。
あっという間にお得意の爆発系初級魔法“ブラスト”の術式が組みあがり、勢いよく炎と土のマナが発動点に満たされていく。
効果発動可能までもうそこまで時間はかからないだろう。後は発動キーとなる言葉を発すればいい。
しかし、ウリーのほうは悲しいことながら、成績は中の中。“ミスター平均点”と言われるだけの凡人っぷり。
魔法は苦手ではないが得意でもない。
比較的得意な金系初級魔法“シャインジャベリン”ですら、ようやく術式が組みあがった段階であった。
「ウリー、あんたの魔法が発動可能になったと同時に放つわよ……。なんかもうノリで」
「う、うん。あと数秒で撃てると思う。そしたら合図するよコーリ。なんかもうノリで」
さり気に自分とコーリの実力差が垣間見え、内心欝になるウリーだが、とりま勢いに乗り切ってみようと赤ふん漢に狙いを定める。
蛇足だが、“シャインジャベリン”は術式から直線状に発動するタイプの魔法だ。発動位置計算をする作業をいちいち行う必要もなく、とっても楽ちんである。
それだけに“ブラスト”よりも、早く組み立てられるはずなのだが……。
ウリーの術式に金のマナが浸透していく。
暗かった術式が徐々に純白の輝きで光を帯びる。その式の先には、相変らず激突しながら何か叫びあっている五津井たちの姿。
「(よかった……。思ったよりマナの浸透が早いぞ。今までの中では上々だ)」
コーリと比べるのは相手が悪かったと、あっさり納得し、ウリーはとりあえず目の前に展開する術式を見て満足げにほくそ笑む。
そう、いつだって本当の敵は自分なのだ。他人じゃない。決して。絶対。
「こぉぉぉぉぉのクソオヤジィィィィィィ……ッ!! さっさと死にやがれぇぇぇええぇえぇええぇえぇ…………ッッ!!」
ちょうどその頃、足場を狙った斬撃を華麗にジャンプで回避している赤ふん漢に、タマァとったと五津井の横薙ぎの一撃が叩き込まれる。
「おわりおわりおわりおわりおわりぃひぃやっはっはっはっはァァァァァァァァァァァーーーー…………ッ!!!!」
「…………ふっ」
ふわり。
「パゥ?!」
五津井の五津井による五津井のための必殺必中なる一閃は、赤ふん漢にあたることなく空を切る。
「に、二段……二段ジャンプだとォッ?!」
それは二段ジャンプだった。
よく目を凝らすと赤ふんが空中で折曲がり、ちょうど踏み台のようになっていた。
「これぞ、山上流憤怒死遊技≪天衣無風の舞≫! ぬはははははははは! 恐れ入ったか?! ぐははははは!!」
その名が示すとおり、まるで天女の羽衣を纏ったかのように、ふわりと空中に浮く赤ふん漢。
その視線は、かわされるはずのない必殺の一撃をまさかの二段ジャンプで避けられ、唖然とこちらを見上げている五津井を捉えていた。
宙に広がる赤ふんのレッドカーペットに”逆さ”で着地し、しゃがむ赤ふん漢。
「阿呆が小童ァッッ!! この程度とは修業が足りんわぁぁああぁぁあぁ……ッッッ!!」
彼の頭上に、戦慄の赤ふん漢のとび蹴りが迅雷の如く降り注ぐ。
「山上流憤怒死遊技・奥義が一つ≪赤光迅雷威し≫!! スッ、パアアアアアアク!!!」
ガラガラピシャアアアアアアアアアンッ!!
赤い雷光となり、五津井に”落雷”する赤ふん漢。
「――ッ! ま、まだまだああああああああ!! ぐぎいいいいいいいいい!!!」
バシィィィィィィィィィィン……ッ!!!
五津井はとっさにバックステップしながらゴツイカリバーで受け止める。
しかし、その衝撃の甚大さに耐えられず、勢いよく弾かれてしまった。
弾かれた勢いで、宙に飛ばされる五津井。すぐに追い討ちを掛けようとする赤ふん漢。
「まだまだいくぞい! ほれほれほれほれほれぇい!!」
「あ! ひ! ひい! あ!あ! あひ! あひいいいいいいいいいいい、女神様ぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜…………ッ!!!!」
赤ふん漢の激攻を、鼻水を垂らし涙目で、惨めな声を上げながらかろうじて防ぐ五津井。
明らかに勝敗は決したかのように見えた。
が、どうやら天の女神(マイスィートエンジェル)は五津井たちに味方したようだ。恐らく彼女は五津井の大好きな小さな女の子だ。
「――できたっ! コーリッ、行けるッ!!」
「OK、ウリーッ! 待ちわびたわよぉ〜ッ!!」
まるでこの時を待っていたかのように、絶好のタイミングでウリーの術式が完全に満たされる。
ウリーは内心そのタイミングの良さに自画自賛しながら、コーリに発動の合図を送る。
それを聞いたコーリは、にやりと笑って既に待機させておいた自らの術式を、赤ふん漢に向けて突き出す。
「ブレイズッ!!」
「シャインジャベリンッ!!」
吹き飛んだ五津井を追撃すべく飛び込んでいた赤ふん漢の体に、ウリーとコーリの魔法が強襲する。
その横姿は完全に無防備であった。
「な、にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……ッッ?!!!!!!」
紅蓮の爆発が彼を中心に発生し、そのど真ん中を穿つように一本の白銀が赤ふん漢を貫く。
どごおおおおおおおおおおん……ッッ!!!!!!!
「よくやった二人ともっ!!」
惨劇の赤ふん攻撃により宙に吹き飛ばされた五津井は、難なく空中で受身をとり二人の間に着地する。その顔は先ほどの醜態で腫れていた。何かと醜かった。
「や、やったの……っ?!」
「このタイミングなら、いくら魔王でも……ッ!」
単に偶然が重なっただけなのだが、見事な連係プレーであった。
そんな偶然に歓声をあげるコーリとウリー。
「よし、この隙に止めを刺してやるぜ……ッ!!」
がちゃりと鎧を鳴らしながら、五津井は腰を低めて、大剣を野球のバッターのように後ろへ構える。
「くひひ……悪いがおっさんには性別を超越してもらうぜぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っ」
これぞ勝機と見た五津井は、得体の知れない気持ち悪い笑みを浮かべ、赤ふん漢が魔法に直撃した方向を睨み付ける。
「これで止めだッ、変態赤ふんッ!! ハイパー五津井流秘技――――ッ!!!」
再び構えられたゴツイカリバーの切っ先が光り始める。
ちなみに、技名の前に“奥義”とか“秘技”とか色々あるが、基本ノリで言っているだけなので、あしからず。
足を十分に屈めたあと、勢いよく飛び出す五津井。飛び出した地面には巨大な土煙が立つ。
「男捨てろやぁぁああぁあぁあぁぁああぁッ! ≪金・ちゃん・斬・り≫ぃぃぃぃぃいぃぃいッッ!!!!」
全身をバネにして弾き飛ぶ勢いと共に、音速を超える凄まじき速度で剣を下から上へと掬うように振り上げる。
この技は、男なら誰でも持ってしかるべきアレを狙ったかなーりエグイ必殺技である。
食らった相手は肉体だけでは留まらず、精神的にも大ダメージを与えることができる凶悪な禁じ手なのだ。もちろん男性専用。
「うっしゃあッ! 戴きィィッ!!!」
討ち取ったと言わんばかりに、歓喜に満ちる五津井の雄叫び。
既に彼の脳内では、性転換を見事に完了した“赤ふん女?”が出来上がっていることだろう。
あまりにも禍々しすぎるその軌跡は、左右からの魔法攻撃でたじろぐ赤ふん漢の下半身――主に股間を大蛇のようにしなり喰らいつくッ!!
ガキィィィィィィィィィィン…………ッ!!!!!
ィィィィィィィィン…………ッ!!!
ィィィィィン…………ッ!!
ィン…………。
…………。
ポキ。
「「「あ」」」
五津井と、彼の行動を目で追っていたウリーとコーリの言葉が重なる。
耳障りな金属音があたりに木霊する。
「お、おでの剣がぁぁぁあぁぁあぁぁああぁああ…………ッ?!!」
相手の股間を狙って振り上げられた五津井の剣は、しっかりと上へと振り上げられていた。
しかし、その刀身の半分から上は奇麗になくなっていたのである。
五津井が自分の折れた剣を、信じられないと見つめる。その目には涙すら浮かんでいた。
「う、うわああああああああ!!!! おでの!!! おでの剣があああああああいやあああああああああああ!!!!」
五津井の絶叫が周囲を支配する。
それからしばらくの後、魔法により生じた煙が晴れた時――
彼らの視界に入ってきたのは――
「うそ……」
コーリが、その姿を見て唖然とする。
そこには、両腕を腰の辺りに置き、仁王立ちしている人型。引き締まった肉体に、スキンヘッドの頭。そして赤いふんどし。
――赤ふん“漢”でした☆
五津井の掟破りの必殺技≪金ちゃん斬り≫は、名前とその使用目的こそアレだったが、間違いなくそんじょそこらの魔法なんかより遥かに凌駕する威力があった。
普通の人間であったら、間違いなく体が左右にパッカリ割れていること請け合いなわけだ。グロ注意なわけだ。
それなのに……。
「これが……魔王……?」
ウリーはその場で座り込む。
しかも赤ふん漢は、五津井の最後の一撃の前にも、ウリーとコーリの魔法を直撃していた。
だが、その彼の姿を見る限り、そのダメージの様子は伺えない。
あまりにも強大な相手を前に、思わず腰が抜けてしまったのは無理もない話であろう。
「ふふん……どうやら勝負あったみたいじゃのう、若造?」
未だ自分の愛剣が折れてしまったことに泣き喚く五津井に、赤ふん漢は不敵に笑いながら勝利宣言をする。
そう、勝負は既についていた。
「ワシの股間を狙うとは相手が悪かったのう、若造よ。このワシの股間は、幼少より毎日“素振り”をして鍛えておる。エイマル男児を甞めるでないぞ?」
がっはっはっ! と大笑いする赤ふん漢。
女性のコーリもいる局面でのこの発言は、どう転んでもセクハラなのだがそうも言っていられない。
彼の赤ふんは何事もないようにヒラヒラしている。
「そして、この我が山上(やまがみ)家代々伝わる伝説の《赤き憤怒死》! それを気を込めることで持ち主の意志で自由に操ることができる≪山上流憤怒死遊技≫! ただ漢の中の漢にしか使うことができんがのうッ!! ぐわっはっはっはっはっはっ!!」
赤い布の端を掴み、五津井たちに見せ付けるように突き出して解説する赤ふん漢。
どうやら苗字は山上ということで確定らしい。
「……俺達の、負けだ……」
ガクリと、先ほどまで泣き喚いていた五津井が膝をつく。手には折れたゴツイカリバー。
うなだれた表情には無念の思いが鮮明と刻みこまれ、やっぱり醜かった。仕方ない。
その言葉を聞いて、ウリーとコーリもまた下を向く。
打つ手はもうない。
折れたのは……剣だけでは、ない。
「ぶわっはっはっはっはっほうっ! そう自分を責めるでないぞ、若人たちよッ! なかなかにいい死合じゃったッ!!」
そんな五津井たちの心情を吹き飛ばすかのように、大笑いする山上氏。
その表情はとっても上機嫌。とっても元気な中年ふんどし野郎だ。
しかし、しばしの間、豪胆な笑いを響かせていた山上氏は、急にその表情を厳しいものへと切り替える。
「……じゃが、それとこれとは話は別じゃの。ちゃんと払うものは払ってもらおうか」
「「え?」」
その意味がいまいちわからなかったウリーとコーリは、つい聞き返してしまった。
反面、五津井のほうは思い当たる節があるらしく、観念したように小さく頷く。
「……ああ、俺も男だ。責任は取る」
苦々しい顔で答える五津井の言葉に、山上氏は満足げに頷き返す。
「ふむ、思ったよりも殊勝じゃな。うむうむ、若者にはその心がけが大切じゃ」
「え、えっとそれってどういう……?」「は、払うって何……?」
「おーいッ! 貴様ら一体何をやっているッ?!」
ウリーたちが、状況の説明義務を要求しようと口を開いたとき、やっとこさこの騒ぎに駆けつけた兵士や先生たちが現れた。
「おお、これはいいタイミングにきたのう……ふむ、どうしたものか」
「……言えよ。俺達には払う金がない……」
「ほお?」
「お前達四人ッ! 先ほどから何をやっていた?! 答えろッ!」
駆けつけてきた人間のうちの誰かが叫ぶ。
「若造……ふむ、では遠慮はせん。しかるべき罰は受けてもらうぞ?」
「……ああ」
「え、ええと……ちょ、ちょっとアンタたち! なに分かり合ったように話してんのよ?!」
「何か、僕的にすっごく嫌な予感がするんだけど……」
山上氏と五津井の会話のやりとりに、ウリーたちは自分らがとんでもない過ちを犯したんではないかと、ようやく悟り始める。
松明と魔法で明かりを灯して駆け寄ってくる兵士と先生らは、既にその表情が伺えるぐらいに近づいていた。
「な、なんだ? この場所は……?」
「爆発……? 魔法なの、か……?」
木々は倒れ、地面が度重なる爆発で破壊され黒ずんでいるその異常な光景に、やってきた兵士と教師陣は唖然とする。
「あれー? もしかしてコーリぃ〜?」
「あ、ミューイ先生……」
その中には、ウリーたちのクラス担任ミューイ=サルトスの顔もあった。
こんな状況にも関わらずその顔はどこまでもめんどくさそうだ。
「ってー、ウリ坊もいるじゃない。何ー? 逢引ぃー?? あんたたちこれはちょっと盛り上がりすぎかなー?」
「ち、違いますッ! というか、いい加減ウリ坊は止めてくださいッ」
「で、貴様らはここで何をやっていた? 体育館で待機していろとあれほどいっていたであろうッ?」
ギャーギャー騒ぎ出す担任と生徒二人を余所に、その隊のリーダーであろう兵士が面子の中で一番年長で且つ一番不可思議な格好の山上氏に尋ねる。
どうやら彼は五津井たちを避難してきた人間だと思っているようだ。
「うむ……騒がせてしまったのはすまんの。だが、聞いてくれ」
「む……?」
そう山上氏は言いながら、五津井たち三人を指で差す。
「こやつら、“食い逃げ犯”とその“一味”じゃ」
「「え゛……?」」
ウリーとコーリが凍りついたのは言うまでもなかった。
<第10話へ続く...>
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